「あのさ俺と一週間、付き合ってくれない?いや、むしろ付き合え」   
 が、奏翔はすぐさままるで何でもないことのように堂々とその言葉を放った。その突然の申し出にしばらく言葉を失った。
 ……もしかして、これって新手のいじめ?  
 耳が過敏すぎることを藤井先生に相談したとき「それは甘えよ」と一蹴されたのが最初だった。なんとか抗議して防音イヤーマフの着用は許可されたけれど、その道のりは簡単ではなかった。さっきも、カンニングを疑われたばかりだ。  
 今まで何度も悔しい思いをしてきたけれど、まさかこんな罰ゲームのような状況に巻き込まれるとは。  
 結局、奏翔もヘッドフォンだと勘違いしているのだろう。自己紹介は覚えていてもやはり防音イヤーマフのことは理解していないのかもしれない。
「それって……罰ゲーム?」
「違うよ。俺は楓音のこと、からかったりしないから」  
 そう問いかけると、奏翔は全力で首を振り、否定してきた。どうやら、クラスメイトと同じに思われるのはいやらしい。それにしても、学年も違うのに、なぜそんな風に言うのだろうか。
「せっかくだし、お願い。楓音、君はかわい……だけじゃなくて、大人っぽさもあるし」  
 言いかけた言葉を急に止め、顔の前で両手を合わせる奏翔。その様子は懇願するように見えた。最初からそう素直に言えばいいのに、どうしてこんな回りくどい言い方をするんだろう。それに、大人っぽいって……しかも、確かに「かわいい」って言いかけた気がする。 
 私の容姿なんて、鎖骨まで伸びた地味な黒髪にたれ目気味の瞳、曲がった鼻筋がコンプレックスだ。華やかさのかけらもなく、目立たないタイプだと思っていた自分が、かわいいとか大人っぽいなんて言われるなんて信じられなかった。  
 突然の言葉に戸惑い、どうしても意識してしまう自分がいる。顔が熱くなり、奏翔のまっすぐな視線に耐えきれず、思わず目をそらした。
「そ、そんなわけないよ。付き合うなんてムリ」
「最初から決めつけないでよ」    
 私が拒否すると、奏翔はすがるような声で言った。顔は見えないけれど、困ったように私を見つめていることはわかる。その視線に耐えられなくて、うつむいたまま言葉を探した。
 今まで誰かに頼られたり、懇願されたりすることなんてなかったから、どう反応すればいいのか分からない。  
 でも……。
「だって私――」
「1週間だけでいいから。それ以降は、迷惑だったら離れるから」  
 耳がバグっているから、そう言い返そうとしたけれど、彼の言葉に遮られた。その必死な言い様に胸がぎゅっと締め付けられるような感覚がして、息が詰まる。
「何言ってるの?そんなの……」  
 私の方だ。迷惑をかけるのも、面倒をかけるのも。それに、私は人を――。そんな私が恋愛なんてしていいわけがない。
 今だって、奏翔は落ち着いた声で、それでも真剣に頼んでくる。その優しさに、私が気を遣わせていることに変わりはない。