その下でようやく捕まれていた腕が解放され、私は呼吸を整えた。
 茶色がかった寝癖が混じりの髪に、すっと通った鼻筋。そして曲線を描くような丸い目は、濃い琥珀色に澄んでいる。
 小紫色のネクタイに灰色のブレザーという私と同じ高校の制服を着てはいるものの、高校生にしてはほっそりしており、余分な肉が全くない。背も私の163センチより低く、155センチぐらいだろう。
 やっぱり知らない男だ。こんな人、見たことない。クラスメイトでもないし、喋った覚えもない。誰だこいつ?
 頭の中では無数のクエスチョンマークがぐるぐると渦を巻いていた。
 確かに自己紹介の時、私はただヘッドフォンと勘違いされないことを願いながら、クラスメイトたちの集中する視線が怖くて俯き、しどろもどろに自信なさげに口にした。
「た、高吹楓音です。耳が敏感なので、防音イヤーマフをつけています。静かな声で話してください。め、面倒なら、話しかけないでください……」
 その瞬間、唖然とするクラスメイトたちに、藤井が苦笑いしていた。結果として、入学早々、誰にも話しかけられず、自動的に一匹狼となってしまった。とはいえ、クラスメイトたちも私に気を使うのが面倒だろうから、避けられるのも当然だ。
 そして、次第に私の存在は薄れていき、今では入学から1ヶ月が経ち、1年の時と同じように完全に「ヘッドフォンをつけた子」として誤解され、それが反感を買う原因にもなっている。まるで、あの時の自己紹介なんて、誰も聞いてすらいなかったかのように。
 そんなことを知るはずもない青年が、なぜ私なんかを助けたのだろう。動揺を覚えざるを得ない。その不可抗力なのか、なかなか切り出せずにいた。