「未弦先輩はさ、弓彩さんの姉だから、ずっとしっかりしなきゃって気を張ってたんだよ。でも、弓彩さんが楓音と話したいって言ってくることが何度もあったんだけど、未弦先輩はそのたびにダメって止めてた。それで、自分を責めてるってスマホのメッセージで知ってさ……」
「昨夜もそう!そしたら家出するって飛び出していっちゃったんだよ!」
 奏翔が未弦と話してすっかり意気投合しているのか、いつの間にか二対一の状況になっている気がした。奏翔は気を遣っているのか、穏やかで優しい口調で話す一方、未弦は苛立ちを隠さず、私に悪態をついてくる。どちらも目は真剣そのものだ。まるで私が弓彩の家出の原因だと言わんばかりで、息が詰まりそうになる。
「なんで……なんで未弦が悪いの?」
 ショックで、箸がカシャンと皿の上に落ちた。悲しさが込み上げ、私はきつく目を閉じ、涙をこらえるようにジーンズの裾を強く握りしめた。その瞬間、隣にいた奏翔がそっと私の手に自分の手を重ねた。その温もりは、まるで「隣にいるよ」と言ってくれているかのようだ。奏翔が誰の味方なのかは分からないけれど、その温もりに少しだけ心が安らいだ。
 でも、悪いのは私だ。未弦を避け続けた私が、彼女をこんなに追い詰めたんだ。
「未弦先輩は、楓音が何か気に障ることをしたから避けられているんだって、そう勘違いしてるんだよ」
「へぇ、そんなわけないでしょ?うちが悪いんだよ。それか、まだおばあちゃんが亡くなったことで塞ぎ込んでるだけでしょ」
 奏翔が助け舟を出すように言ったが、未弦は信じられないようで、泣きそうな顔をして自分を責め続ける。その姿を見て、私の胸がぎゅっと締めつけられた。彼女をこんなにも傷つけたのは、私だ。私は自分の心の中で罪を隠し、未弦との距離を取ってきた。聴覚過敏のことを知られたくない、彼女に負担をかけたくないと思っていただけなのに、その選択がこんな結果を招くなんて……。
「違うよ……」
 涙が溢れ、奏翔の手の上に一滴落ちた。それに気づいた奏翔は、少しだけ手を握る力を強めてくれた。その温もりに、私は少しだけ救われた気がした。
 奏翔が私を見つめ、「大丈夫だよ」と言うかのように静かに頷いてくれる。なんて優しい人なのだろう――その瞬間、胸の中に好きという気持ちが膨らんでしまいそうだった。こんな時なのに、いや、こんな私が誰かを好きになる資格なんてあるはずがないのに。
「そんなわけないじゃん……」
「いや、前の学校で何かあったという可能性もあるし……」
 それでも未弦は信じようとしない。前の学校ではバカにされたり、孤立したりしていた。休み時間は本ばかり読んでいた記憶が甦る。
「今、一番楓音に関わってるのは未弦先輩だよ。楓音の友達って言ったら、幼馴染の未弦先輩だけだろ?俺は楓音の恋人だけどさ」
 未弦は俯き、涙を堪えようと歯を食いしばっている。その理由を奏翔が代弁してくれたが、未弦の拳が震えているのが見えた。彼女の苦しみが私にも痛いほど伝わる。その姿を見つめるしかできない私は、やっぱり無力だ。