「部活の合間に俺は未弦先輩の話をよく聞いてたんだけど、姉妹喧嘩が多かったんだよ。音楽室でもしょっちゅうやってた。藤井先生と俺が仲裁に入っても、なかなか収まらなくて、結局図書室にいた楽采と三羽先輩を呼んで、4人でようやく止めに入ってたんだよな」
 奏翔が軽く笑いながら言った。どうやら彼は未弦の愚痴を聞く役目だったらしい。しかも、その姉妹喧嘩は相当激しかったようだ。
 未弦は私の方をじっと見つめ、「本当に大変だったんだから」とうなずいてみせた。
 その姉妹喧嘩が弓彩の家出の原因らしい。未弦は私に秘密を打ち明けてほしそうにしていたが、今は弓彩を探すことが最優先だ。
「弓彩が見つかったら話すよ」
「えー、つまんない」
 未弦は少し不満げにつぶやいてから味噌汁を一気に飲んだ。
「それで、弓彩はこの3年間、私と話したがってたんじゃないの?」
 弓彩が甘えん坊だということは知っていたし、彼女が寂しがっていたことも感じ取っていた。それなのに、彼女が自分から話しかけてくることはなかった。私を見かけても、怒っているのか、いつもそっぽを向いていたし、私もそれを避けてきた。でも、今はその理由を未弦に聞かなければならない。
「それは楓音が未弦先輩を避けてたからじゃない?」
 奏翔が優しい口調で核心を突いてきた。未弦は少し苛立ち「だから聞いてるんじゃん」と私に言葉を重ねる。さすがは幼馴染だ。どれだけ表面上の距離を取ろうとしても、付き合いの長さは誤魔化せない。
「でも、その理由と弓彩の家出がどう関係あるの?」
「あるよ、絶対に!」
 未弦は確信しているようで、子どものように「話して、話して」とせがんでくる。でも、今はそんなことをしている時間じゃないはずだ。弓彩を早く見つけなければならない。
 胸の中に焦りが募り、今まで軽く喉を通っていた朝食が急に飲み込みにくくなった。
「でもさ、今こうしてる間に、弓彩が熱中症で倒れているかもしれないじゃん。森や山で遭難しているかもしれないし……」
 次々と最悪の可能性を並べ立てると、未弦は頬を膨らませて反論してきた。
「熱中症?今、5月中旬だよ?そんなに暑くも寒くもないし、楓音、バカ!」
 隣にいた奏翔が「まあ、迷子ぐらいにはなるかもな」と助け舟を出してくれたが、未弦にはそれも届かない。
「弓彩が迷子になるわけないじゃん!」
「それは、ママとパパと未弦が弓彩に甘すぎるからよ」
 未弦の母さんが少し辛辣な声で割り込んだ。弓彩は家族に大事に育てられ、片時も離れず守られてきたのだろう。私も、かつてはその手伝いをしていたことを思い出し、胸が痛んだ。