些細なことのはずなのにあまりにも必死な様子に苦笑しながらも、弁明する。
 やっぱり、こいつは借金立てだ。束縛の強いカレシかもしれないし、おまわりさんを呼ぶとか考えた方がいいのかもしれない。
「昼飯、楓音は食べたか?」
 奏翔は穏やかな口調で問いかけてくる。
 そういえば彼は最初に朝一から図書館で待っていたと言っていた。いくらなんでも早すぎると思いながらも、昼食をとっていないことは明らかだろう。
 ぶんぶんと首を横に振ると、彼は安心したように微笑んだ。それからレストランにでも行くのか前を歩き出す。
「ま、待って!」
 それを声で制すと奏翔は「どうした?」とこちらを振り向いた。
「わ、私……自転車で来たから」
 自転車置き場の方に顔を向ける。すると、私の灰色の自転車は死んでいるように倒れていた。きっと急ぎすぎてこうなってしまったのだろう。
 ただ自転車置き場に行くだけなのに、彼は私が逃げようとしていると勘違いしているのか、握る手の力を少し強められながらも慌てて駆け寄る。早くどけないと他の人の邪魔になってしまうだろう。
 自転車を立て直そうと手を伸ばした瞬間、奏翔が片手でひょいと持ち上げて立て直してくれた。あっけに取られるほどの手際の良さに、言葉が出ない。
 こういう時こそ自分で両手を使ってしっかりやった方が早いのにと頭ではわかっているけれど、奏翔は有言実行を押し通す。