「未弦は何年経っても変わらないね」
「え、卵かけご飯ってしょうゆが定番じゃなかったっけ?」
 平然と未弦にバターを手渡す私に奏翔は面食らっていた。
「そうなんだけどね、バターかけてもおいしいんだよー。クリーミーだし、私のおばあちゃんが甘党でさ、私もそうなんだけど陽川家がみんな影響されちゃってさ。ねー、未弦?」
それに対抗するように未弦に同意を求めた。すると彼女は「うん!」と弾けるような笑顔を見せてから卵かけご飯にバターをかけた。
「へー、じゃあ俺もかけようかな」 
「いいよー、おいしい!楓音、絶対いいお母さんになれるよ。それに、譜久原くんともいい感じなんでしょ?」
 未弦はバターを奏翔に渡し、卵かけご飯をひとくち食べて顔をほころばせた。たかが卵かけご飯ごときで大げさでしかないが、隣に奏翔がいるのに、そんなことを言われて、私は恥ずかしくて顔が赤くなる。
「あら、カレシなの?」 「いつの間に!?いいじゃないか。パパも応援するよ」
 ついでに未弦の両親にもすっかりバレてしまい、私はさらに赤面する。奏翔はというと、卵かけご飯を「うまっ!」とかきこんでいる。まるで普段の朝食のような雰囲気だ。
 しかし、妹が行方不明だというのに、なんと穏やかな光景だろうか。未弦も両親も深刻な話題を避けるかのように、笑顔を浮かべて朝食を取っている。でも、この話を切り出さなければ、弓彩は見つからない。
 私は一度、つばを飲み込み、意を決して口を開いた。
「で、弓彩はどうして家出したの?」
 未弦と両親が泥だらけになっても見つけられなかったのだから、それなりの理由があるはずだ。弓彩がどこかで飢えていないか、私は心配になった。
「えー、もう少し譜久原くんとの話を聞かせてよー」
未弦は冗談ぽく言ってきたが、私はすぐに「今はそれよりも弓彩のことが心配でしょ?」と返した。恋バナも大切かもしれないが、今はそれどころではない。
「まあ、それもそうだけど……家出してから、家族であちこち探し回ってるんだけど、全然見つからないんだよね」
 未弦は眉を下げ、少し困ったように答えた。
「でも、どうして家出したのかを教えてくれないと、探しようがないでしょ?」
 それに焦りを隠せず、未弦に詰め寄った。
「まあ、確かにね」
 未弦はため息をついて、ようやく話を始める決心をしたようだった。
 ちなみに未弦の家族は、基本的に弓彩に甘い。それが原因で弓彩は甘えん坊になってしまった。そして、未弦の両親は共働きで忙しく、弓彩が十分に構ってもらえないことも多かった。それが原因で短気になることもあった。その不足分を、私や未弦、母さん、おばあちゃんが補っていた。
 しかし、母さんが事故に遭い、おばあちゃんが亡くなってからは、未弦が一人で弓彩を支えることになり、彼女に大きな負担がかかっていたのだろう。それが弓彩の家出につながったのかもしれない。