しばらくして、インターホンが唐突に鳴り、私は玄関へ向かう。そこには、泣き腫らした目にくまができた未弦と、その両親が立っていた。その隣で奏翔が驚いた顔をしている。未弦たちは全身泥だらけで、何か大変なことが起きたのは一目で分かった。
「どうしたんですか?」
 私は躊躇しながらも尋ねた。
「弓彩が……」
 未弦は妹の名前を口にしながら、泣き崩れて私に飛びついてきた。
「弓彩がどうしたの?」
 私は彼女の背中を優しくさすりながら聞くと、未弦は小さな子どものように泣きながら言った。
「弓彩が家出したの……うちのせいで」
「とりあえず、お風呂貸すから、それから話を聞かせて」
「うん……ありがとう」
 未弦は涙ながらに頷いた。
 それから未弦とその両親にお風呂を貸し、父の部屋にあった服を勝手に借りて彼らの着替えを用意した。後で謝ればいいし、洗濯しておけば問題ないだろう。奏翔は泥だらけではなかったので、お風呂の必要はなく、人数分の椅子を準備してもらった。
「わぁ、楓音が作ったのか。これ」
 ダイニングテーブルに朝食を並べていると、奏翔が「うまそう」と笑みを浮かべた。その瞬間、自分がカレシに手料理を振る舞っていることに気付き、急に恥ずかしくなった。
「じ、自信はないから……その、期待しないで」
昨日、奏翔が作ってくれたお弁当ほどおいしくはないだろうと思い、つい弱気になる。
「いや、うまい!」
奏翔は味噌汁をひと口食べて、笑顔でそう言った。
「よかった。でも、まだ未弦たち、上がってきてないね……」
「あ、そうだった」
 二人でクスクスと笑い合った。
 しばらくして未弦とその両親が風呂から出てきた。未弦は私が貸した黒いTシャツと黄土色のジーンズを着ている。汚れてもいいように、無難な服を選んでおいた。私が着ている服も祖母が亡くなる前に買ってもらったもので、少しサイズは小さいが、身長がこの3年間で3センチしか伸びていないため、特に問題はなかった。未弦も私と同じぐらいの身長なので、彼女にもぴったりだ。
 未弦と並ぶと、まるで双子の姉妹のように見えてしまう。
「そういえば、楓音の家に上がるの、久しぶりだね。わぁ、おいしそう!もしかして、手料理?」
「うん……簡単なものしか作れなくてごめんね」
 未弦は廊下を見渡しながらリビングに入り、私が作った料理を前に、弾けるような笑顔を見せた。それに私もつられて、柔らかい笑みを浮かべる。
「いいのいいの。楓音料理下手なの知ってるし。じゃあ、お手並み拝見といこうか」
 未弦は席に座りながら言った。私は自分の席に、奏翔はその隣に座り、皆で「いただきます」をして食事を始めた。
「未弦、卵かけご飯にバターいる?」
「いる!やっぱり卵かけご飯にはこれだよね」
 私は一度席を立って、冷蔵庫からバターを取り出した。それを見て未弦の両親もバターを頼んできた。未弦は風呂に入る前とはまるで別人のように明るい表情をしていた。彼女の姉御肌で誰にでも優しい姿が戻ってきた。それが、未弦だ。