「行くぞ」
 俯いていると奏翔が本を戻す音がし、私の手を握りぐいっと引っ張ってくる。まるで逃がすことを許さないかのように。
「ちょっ……自分で歩くから」
 心臓がバクバクいいながらもこそこそ話をするような声で腕をぶんぶん振り抵抗する。が、その度に握ってくる力は強くなりもはや為す術がない。
「ごめん。手離したら逃げると思って、つい……。誘いもめちゃくちゃ拒否してくるし」   
 奏翔は軽く頭をかきながら謝ってくる。眉も申し訳なさそうに下がっていた。が、濃い琥珀色のビー玉のような瞳は、真剣そのものだった。その視線を受けるたびに、自分の立場の弱さを痛感し、拒否し続けたことを後悔する。
「ごめん……」
「いいよ。でもこのまま手は繋いでいていい?その方が恋人っぽいから」
 握る手の力を緩めながら奏翔は懇願してきた。しかも私の帽子のつばをつまみ、顔を覗き込みながらだ。そのしぐさにかわいげがあり、こんなの反則だろと頷いてしまった。
「……ありがとう」
 頬を赤らめそっぽを向きながらも奏翔は呟いた。そのまま図書館を後にする。
「あのさ、約束してくれないか?ぜってー逃げないって」
 が、お願いだから、と奏翔はまっすぐな眼差しで言葉を重ねてきた。
「わ、わかったから……」
 渋々頷くと「ホントだな?」と聞き返してくる。よっぽど信頼されていないらしい。そうさせたのは他でもない私自身だ。
「や、約束するって」
「もし逃げたらそこが地獄の果てでも追いかけるからな」
「だ、だから……逃げないって」