奏翔は白いワイシャツに黒のカーディガンを羽織り、黒くゆったりとしたズボンを履いている。黒いハンドバッグのようなものを下げているし、首からは十字架がついたアクセサリーを下げているし、私よりおしゃれなのはいうまでもない。これからそんな彼の隣を歩くと思えば気恥ずかしくて仕方ないぐらいだ。
「ホ、ホントだ!待ち合わせ時間10分も過ぎてる」
 奏翔はズボンのポケットからスマホを取り出し、それを確認した瞬間に驚いた声を上げた。どうやら、私が遅れていたという事実にすら気づいていなかったようだ。普通なら、遅れたことを怒られたり、心配されたりするものだが、彼のリアクションは予想の遥か斜め上を行っていた。
 そのあまりにも呆気ない反応に、私も思わず拍子抜けしてしまった。あれだけ心配していた自分が急にバカらしく感じ、自然と笑いがこみ上げてきた。怖がっていた自分が、まるで遠い存在のように感じて、気づけば吹き出してしまう。
「あの、静かにしてくれませんか?ここ、図書館ですので」
 そして、そう通りがけの司書の注意を受けるまで自分がいる場所というものを忘れていた。
「あ、すみません」
 ふたりして声を上げた瞬間、気まずい沈黙が図書館全体を包み込む。
 周りの人々の視線が一斉にこちらに向けられ、まるで自分たちが場違いな存在であるかのようにジロジロと見られている気がした。
 私は目線を逸らし、帽子のツバを少し下げる。防音イヤーマフを隠すために被った黒い帽子も、逆に不審者のように注目を集めている気がしてならなかったのだ。
 どうせヘッドフォンか何かと勘違いされているのだろう。だけど、本当の理由を知られるのが嫌で、恥ずかしさが胸を締め付ける。