図書館の中の普通は通りすぎるような片隅にようやく奏翔を見つけた。彼は座って本を読んでいる。しかも小説かマンガかと思えば音楽関係の本だ。どこまで音楽が好きなんだ、こいつは。
 私が近づいてくる足音には一向に気づかず奏翔は本を食い入るように見つめ、時折ページをめくる。
 必死に誘ってきた彼のことだから私が来ないかハラハラしながら、何もせずにただ淡々と待っているだけの可能性もあった。それは暇すぎて待ちくたびれるかもしれない。でも本を読みながらでも周りを気にしてほしいところだ。
「ごめん……奏翔」
 彼の横で呼吸を整えながら私は辛うじて吐き出した。それでも声が小さすぎるのか。あるいは奏翔が集中しすぎているせいなのか。一向に私の方を振り向いてくれない。もはや待つということをどこか放棄しているのではないかと思いながらも肩をトントンとたたく。
「あ、悪い!朝一からここで待ってたんだけど、待ちくたびれて気づいたら楽譜に夢中になってた。これを読んだらちゃんと待とうとか、家まで押しかけようとか、何度も自分に言い聞かせてたんだけど、体がどうしても言うことを聞いてくれなくてさ――」
 なんなんだ、この状況は。まるで昨日のピアノをなかなか弾き終えてくれず、私が無理矢理中断させた時みたいだ。不甲斐ないと言わんばかりに並べられていく言葉に「ちょっ、ちょっと待って!」と強引に遮る。「ごめん……遅れちゃって」
 謝らなければいけないのは私の方だ。顔の前に両手を合わせ、頭を下げながらきつく目を閉じる。