またしても勉強に追われ、一睡もできなかった。奏翔とは話したものの、父さんとは話すタイミングすら合わず、モヤモヤとした感情がぐるぐると渦巻いてもいたのだ。
 部屋のカーテンを開けると、どんよりとした曇り空が寝不足の私を迎える。それを見ながら、ふと小指で目尻に触れてみる。冷たい涙の感触がする。私は、母さんが事故に遭って以来、毎日のように泣き暮れている気がする。だから、この仕草も今ではすっかり習慣のようになってしまった。
 スマホの電源を入れ、さっさと操作する。そして無意識のうちに開いたのは奏翔とのトーク画面。おとといの【デート行こう】【いやだ】とやり取りを繰り返しているうちにすっかりキーボードの操作には慣れてしまったが、今見るとあまりにも滑稽に見えてきて思わず吹き出した。昨日のあれは傍から見たら全然デートっぽくなかったけど、私にとっては濃密で忘れられない一日だった。
 奏翔は、誰にも見つけられそうもない遊具の中でリストカットをしていた私を見つけてくれた。その時、彼は体中びしょ濡れだった。私を探している間に風邪をひいていないか、無性に心配になり、気づけば通話ボタンを押していた。
「わっ、わああ!」
 自分の行動に驚いて声が上擦り、スマホを持つ手が震えた。だけど、かけてしまったからには後戻りできない。3コール目で、かすかな物音が聞こえた瞬間、すぐにスピーカーボタンを押した。私の聴覚過敏のせいで、スマホを耳に当てて電話するのは苦痛だ。音が骨に響いて全身に圧迫感が広がる気がするからだ。それに比べて、防音イヤーマフをつけたままスピーカーにして、少し距離を置いて話す方がはるかに楽だ。
「もっ、もしもし奏翔?」
 いざ電話をかけると、緊張で全身が心臓になったみたいにビクリとなる。
《……か、楓音!?》
 驚いたのか、電話越しに物音が連続して聞こえる。奏翔の叫び声が混じるのを聞いて、思わず「だ、大丈夫?」と問いかけた。
《びっくりしてベッドから落ちただけ。大丈夫だよ、安心して。昨日あんなにデート嫌がってたのに、朝から電話かけてくるなんて……あっ、おはよう!》
 奏翔は驚きながらも、緊張しているのか少しカタコトの口調で挨拶してきた。その様子に不覚にも笑いがこぼれる。元気そうで何よりだ。
 奏翔とこんなふうに挨拶を交わすのは初めてだ。モーニングコールなんて、恋人っぽい行動じゃないかと今さらながら気づき、顔が赤くなった。奏翔にこの顔を見られていないことが、唯一の救いだ。
「……お、おはよう」
《おはよう、急にどうした?》
 奏翔が楽しそうに笑いながら問いかけてくる。
「か、風邪ひいたかなと思って」
《あー、俺は大丈夫だよ!楓音は?》
 奏翔は「平気平気!」と急いで言ってくる。私も大丈夫だと即答した。