「なぁ」
「ん?」  
 奏翔がミートボールを一口頬張りながら、ふと話しかけてきた。そのミートボールには音符形のピックが刺さっている。ポテトサラダはハート形に整えられ、チーズや海苔で鍵盤が描かれている。ピアノが好きな奏翔らしい、手の込んだキャラ弁だ。
「さっきの話を聞いて思ったんだけどさ」 「うん」 「楓音、人殺しじゃなくね?」 「えっ……ケホッ、ケホッ!」
 驚きのあまり、飲み込もうとしていたミートボールが喉に引っかかり、咳き込んでしまった。思わず声も裏返り、動揺を隠せない。
「あ、ごめん、まずかった?」  
 奏翔はすぐに箸を置き、私の背中を優しくさすってくれた。彼の眉は心配そうに下がっていて、申し訳なさがその表情に現れている。
「ち、違う違う。ただつまらせただけだから。おいしいよ」  
 咳が落ち着くと、慌ててそう言った。奏翔はホッとしたように手を止めて「よかった」と安心した笑顔を見せた。そして、私をまっすぐ見つめながら、穏やかな口調で続けた。
「せっかく産まれるはずだった弟を殺したのは、実際には暴走していたトラックだろ? 楓音があのときお母さんの肩を押していなくても、事故は避けられなかったと思う。トラックが飲酒運転で暴走してたんだし、誰が犠牲になってもおかしくなかったんだよ。たまたま楓音のお母さんだったってだけでさ」
「……でも……」
「楓音がそのことで罪悪感を抱える必要はないよ。佐竹さんやお父さんが隠蔽したことも、楓音の責任じゃない。お前はちゃんとその現実に向き合っている。それだけで十分だよ」
 私は言葉に詰まった。奏翔の言う通りなのかもしれない。事故の直接の原因は私ではないのに、ずっと自分を責めてきた。それでも心の中では、母や弟を失った痛みと罪の意識が、消えることはなかった。
「それに、楓音が看護師や医者を目指さなきゃいけないわけじゃない。学年トップを維持する必要もない。もし本当にそれがやりたいことなら別だけど、無理に親との約束に縛られる必要はないんだ」  
 奏翔は再び箸を取り、ウインナーを一口口に運んだ。それを咀嚼しながら、ゆっくりと私に視線を戻す。
「……未弦先輩にはこのこと、話してる?」
 その問いに、私は胸がぎゅっと締め付けられた。未弦には何も話していない。母が事故で亡くなったことも、弟を失ったことも、何一つ伝えられていない。未弦の家族には「遠くへ行った」としか伝えておらず、おそらく彼らは母が生きていると思っているだろう。
「……」
 もし、真実を話せば、未弦やその家族に嫌われてしまうかもしれない。私の聴覚過敏のせいで、未弦にはもう十分迷惑をかけている。これ以上、負担をかけたくなかった。彼らから距離を置かれることは、私にとってはむしろ救いになるかもしれない。
「今のままだと楓音はずっと苦しいままだろ? 俺は楓音がつらい顔をしているのを見たくない。楓音には、笑っていてほしいんだよ」 
 奏翔の声は優しい。それでいて、私の心に深く響く言葉だった。
 確かに、このままでは苦しさしか残らない。父も佐竹暁則も、私が普通の生活に戻ることを許してくれないし、未弦との関係もぎくしゃくしたままだ。このままでは、過労からくる聴覚過敏も治るはずがない。
「わかった。話してみるよ」
 たとえ、未弦に嫌われたとしても、私は逃げるわけにはいかない。自分と向き合わなければならないんだ。
 私が小さく頷くと、奏翔はどこか泣きそうな表情で、琥珀色の瞳を潤ませながらも、そっと私の唇に触れた。それは、まるで壊れやすいものに触れるかのように優しいキスだった。私は、その瞬間の彼の心の奥深くに秘められた思いを、少しも知りもしなかった。