「これ……手作り?」 「そ、そうだけど」
 恥ずかしそうな奏翔に「食べる」と私は即答した。彼は「無理しなくていいよ。もう4時だし、夜ご飯が食べられなくなっちゃう」と、そっぽを向いて呟く。
「いいよ。だって食べたいもん」
 箸を手に取ると、奏翔はちらりとこちらを見て「うん、食べて」と優しく微笑んだ。その笑顔が、なぜか心に響いた。
 お弁当の中には、きつね色の卵焼き、ミートボール、ポテトサラダ、そして音符の形に切り取られたウインナーが並び、白ご飯が美しく詰められている。見ただけで、彼の心遣いが伝わってくる。
「親子そろってキャラ弁なんだね。この女の子は誰か決まってるの?」
 首をかしげて尋ねると、奏翔は恥ずかしそうに目を逸らしながら「楓音……」と呟く。弁当の中には、海苔やハムで私がピアノを弾いている姿が丁寧に描かれていた。自分ではあまり自信がなかった顔が、大人っぽく、そして可愛らしく表現されている。奏翔には私がこんな風に見えているのか、それとも彼なりの優しさなのか――それはわからなかった。
 食べるのがもったいないと思いながら、ひと口ご飯を口に運ぶ。
「……おいしい」
 もう夕方だというのに、白米はふっくらしていて、具材も全て柔らかく、父さんの簡素なお弁当とは全然違う。卵焼きは薄く作られ、黒ゴマや海苔で五線譜と音符が描かれていて、その少し甘すぎる味付けが私の好みにぴったり合っていた。
「奏翔も食べようよ。すっごくおいしいよ、これ」 
「よかった。今度はちゃんと見晴らしのいい丘に行こうな。約束だ」
 奏翔はニコリと笑いながら、もう一つの箸を取り、だし巻き卵をひと口食べた。
「うわ、甘くない?砂糖ひとさじ入れすぎたかも」
 彼は苦笑いしながら飲み込んだ。
「でも、おいしいよ。私、甘党だから」
「ほんと?」
「うん」
「よかった……」
 私が頷くと、奏翔はホッとしたように安堵の息をついた。きっと、早起きして私のために作ってくれたのだろう。そんな彼の気持ちが嬉しくて、心の中がじんわりと温かくなった。まるで、彼には私の心の奥まで見透かされているような気がした。