涙を滲ませながら、私は奏翔にすべてを打ち明けた。飲食店でのことも、駅前でのことも、何もかも。話している間、奏翔は私の腕を掴むことなく、優しく手を包むように握りしめてくれた。彼の濃い琥珀色の瞳は揺れ動き、まるで涙をこらえているように見えた。時折口を閉じたまま、彼が歯を食いしばっているのがわかった。
「……言えたじゃん。俺、ちゃんと聴いたよ。さっきも言った通り俺は楓音を嫌ったりしない。だから安心しろ」
 弱々しくかすれた声で、奏翔はそう言った。それから私の体を引き寄せ、背中を優しくトントンと叩いてくれる。そのまま私を抱きしめてきた。痛いほど強く。それがワイシャツの冷たさを、まるで鋭い刃のように感じさせた。
「よく頑張ったな。辛かったろ。怖かったな」
 彼の口調は優しく、それでいて真剣そのものだった。
 既に滲んでいたはずの涙が、ぽたりとまた溢れ、頬を伝っていく。その感覚に気づいた瞬間、次々と涙がこぼれ、もう止まらなくなっていた。
「――うわぁ……!」
 堪えきれず、喉から声が漏れた。私が泣きつくと、奏翔はしがみつくように私の背中に手を回しながら、どこか涙をこらえているようにワンピースの裾を強く握りしめた。まるで魔法をかけられたかのように、涙腺が一気に崩壊し、私はそのまま彼の胸にすがりついて、子どものように泣きじゃくった。
「ごめん。冷たかったよな」
 私が泣き止みかけたころ、奏翔ははっとしたように私の体をそっと離し、カバンからタオルを取り出して渡してくれた。私はそれを受け取り、濡れたところを拭き取ってから、奏翔に差し出した。本当なら洗ってから返した方がいいのだろうが、彼も濡れているし、一緒に使った方がいいだろうと思った。
「俺に?」
 奏翔は少し驚いた様子だった。さっきまで別れ話をしていたから、彼の反応も無理はない。
「うん、使って。風邪ひくよ。ちょっと濡れてるけど。あと、別れようなんて言ってごめん」
 彼は強引なところもあるけれど、優しいのは間違いない。悪い人ではないのは明らかだ。
「いいよ、ありがとう」
 奏翔はそう言ってタオルを受け取り、自分の身体を拭いた。雨のせいで私よりも濡れていた彼の身体から、水滴が次第に消えていった。
「実はさ、最初から飲食店に行こうとしてたわけじゃないんだ」
 身体を拭き終えた奏翔が、急にそう言い出したので、私は「え?」と声が裏返ってしまった。
「近くの見晴らしのいい丘に行って、お弁当を食べるつもりだったんだ。ちょっと昼ご飯には遅くなっちゃったけど、食べる?」
 奏翔は少し頬を赤らめながらそっぽを向き、そう尋ねてきた。それから黒いハンドバッグからお弁当を取り出して、フタを開けた。
 確かに、彼は飲食店に行くとは一言も言っていなかった。ただ方向を指しただけだった。もし警察官に止められていなければ、今頃私たちは丘にいたのかもしれない。
 もっとも、嵐の中だから、どこか雨宿りできる場所で食べていたかもしれないけれど。
 それでも、奏翔に余計な負担をかけることなく済んだし、こうなったのも良かったのかもしれない。