驚きつつも、反射的にお弁当を手に持ち抵抗する間もなく連行された。教室中の視線が背中に突き刺さるのを感じながらも、何も言えずにただ青年の背中を見つめるしかなかった。
 教室を後にして、引きずられるようにして階段を駆け上がる。昼休み中の校舎はうごめく人と喧騒に溢れていた。でもそれは最上階についた途端、凍りついたように静かになる。
 左には音楽室。天井には屋上に続く扉が取り付けられており、図書室にあるハシゴがないと行くことはできない。立入禁止とはあるが、私は唯一屋上の出入りが許されている。喧騒を避けるため、担任の藤井(ふじい)が好意で鍵を譲ってくれたのだ。とはいえ行くのに手間がかかるため、まだ一度も足を踏み入れたことはない。
 その下でようやくつかまれていた腕を放され、呼吸を整えた。
 寝癖が混じった赤茶髪に、すっと通った鼻筋。曲線を描くような丸い目は濃い琥珀色に澄んでいる。
 学ランを着ているが高校生にしてはほっそりしており、余分な肉がない。背は163センチの私より低く、155センチぐらい。
 やっぱり知らない男だ。こんな人見たことない。クラスメイトでもないし、喋った覚えもないし、誰だこいつ。
 頭の中では無数のクエスチョンマークがぐるぐると渦を巻いている。
 確かに自己紹介で私はただヘッドフォンと勘違いされないことを願いながらこう言った。
「た、高吹楓音です。耳が敏感なので防音イヤーマフをつけています。静かな声で話してください。面倒なら話しかけないでください」
 唖然とするクラスメイトに、藤井が苦笑いした。結果的に、入学早々に誰にも話しかけられず、自動的に一匹狼となってしまった。とはいえ、お互いに気を使うのは面倒だろうから、避けられるのも当然だ。