「それより、大丈夫かしら?二人目だし」
母さんは、バカな父さんを理解しているのか、しつこく責めることなく話題を変えた。
「大丈夫だ。父さんがたくさん稼いでるからな。楓音は何も気にせず、おばあちゃんと過ごしていればいい」
父さんは優しい笑みで私を見つめたが、どこか威圧感があって、私は作り笑いを浮かべて頷くしかなかった。
本当は、弟の世話をしたくてたまらなかったけれど、両親は私に負担をかけたくないと思っているのだろう。そのため、私をおばあちゃんに任せようとしているのかもしれない。でも、本当はそんなことを言わないでほしい、そう答えたかった。
父さんは母さんを励ましていたのかもしれない。それでも私には「この家族には必要ない」と遠回しに言われている気がしてならなかった。
「そうね。頑張りましょ、父さん」
母さんは、私の気持ちを察することなく、頷いている。その現実が、私の中に怒りを呼び起こした。
私は、いらない人間。それは母さんにとっても同じだ。
そんな風に、私は妙に納得してしまった。
母さんはいつも未弦と弓彩のことばかり話していて、私のことなどまるで眼中にないようだったから。
父さんだってそうだ。バイオリンを弾く未弦と弓彩を、まるで自分の子供のように褒めていた。
未弦と弓彩に、両親を奪われたように感じていた。
誰も私の気持ちを聞いてくれない。構ってくれるのはおばあちゃんだけだった。
苦虫を噛み潰すように歯を食いしばり、私は次の瞬間、母さんの肩を強く押していた。
その行動が、決定的な失態だった。
すぐ隣で、トラックの音に気づいて振り返ると、父さんは言葉を失って立ち尽くしていた。
そのトラックの運転手の名前は佐竹暁則。警察の話では、彼は学生時代に吹奏楽部でドラムを担当し、テストの成績も常にトップだったという。しかし、その日、午後4時30分、酒を飲んで飲酒運転をしていた。
酒を飲むと豹変する性格の彼は、その時、激しく暴走していたらしい。田舎で人通りが少なかったため、目撃証言は近所の一人だけだった。
母さんを轢いた佐竹暁則の顔は覚えていない。私は反射的に手を伸ばしたが、それすら間に合わなかった。
その後、母さんは命を落とすことはなかったものの、意識が戻らず、今も県の中心部にある大きな病院で眠り続けている。
あの日、私が「弟なんていらない」と少しでも思ってしまったせいだろうか。母のお腹には深い傷が残り、弟は命を落とした。そして、名前は父さんが提案した「十唱」になった。10月10日――弟の存在を知った日でもあり、彼の命日でもある。
母さんは、バカな父さんを理解しているのか、しつこく責めることなく話題を変えた。
「大丈夫だ。父さんがたくさん稼いでるからな。楓音は何も気にせず、おばあちゃんと過ごしていればいい」
父さんは優しい笑みで私を見つめたが、どこか威圧感があって、私は作り笑いを浮かべて頷くしかなかった。
本当は、弟の世話をしたくてたまらなかったけれど、両親は私に負担をかけたくないと思っているのだろう。そのため、私をおばあちゃんに任せようとしているのかもしれない。でも、本当はそんなことを言わないでほしい、そう答えたかった。
父さんは母さんを励ましていたのかもしれない。それでも私には「この家族には必要ない」と遠回しに言われている気がしてならなかった。
「そうね。頑張りましょ、父さん」
母さんは、私の気持ちを察することなく、頷いている。その現実が、私の中に怒りを呼び起こした。
私は、いらない人間。それは母さんにとっても同じだ。
そんな風に、私は妙に納得してしまった。
母さんはいつも未弦と弓彩のことばかり話していて、私のことなどまるで眼中にないようだったから。
父さんだってそうだ。バイオリンを弾く未弦と弓彩を、まるで自分の子供のように褒めていた。
未弦と弓彩に、両親を奪われたように感じていた。
誰も私の気持ちを聞いてくれない。構ってくれるのはおばあちゃんだけだった。
苦虫を噛み潰すように歯を食いしばり、私は次の瞬間、母さんの肩を強く押していた。
その行動が、決定的な失態だった。
すぐ隣で、トラックの音に気づいて振り返ると、父さんは言葉を失って立ち尽くしていた。
そのトラックの運転手の名前は佐竹暁則。警察の話では、彼は学生時代に吹奏楽部でドラムを担当し、テストの成績も常にトップだったという。しかし、その日、午後4時30分、酒を飲んで飲酒運転をしていた。
酒を飲むと豹変する性格の彼は、その時、激しく暴走していたらしい。田舎で人通りが少なかったため、目撃証言は近所の一人だけだった。
母さんを轢いた佐竹暁則の顔は覚えていない。私は反射的に手を伸ばしたが、それすら間に合わなかった。
その後、母さんは命を落とすことはなかったものの、意識が戻らず、今も県の中心部にある大きな病院で眠り続けている。
あの日、私が「弟なんていらない」と少しでも思ってしまったせいだろうか。母のお腹には深い傷が残り、弟は命を落とした。そして、名前は父さんが提案した「十唱」になった。10月10日――弟の存在を知った日でもあり、彼の命日でもある。