しかしそのたびに音が外れ、さっきよりもチグハグなメロディーが流れてしまう。何度も弾き間違え、私の動揺はさらに増していく。自分がどれだけ音楽から遠ざかっているのか、思い知らされたような気がした。
「うん、左手はなんとか弾けるようになったな。じゃあちょっと左に寄ってくれる?」 
 しばらくして奏翔は言った。首を傾げながらも端に寄ってみると、奏翔が隣に座ってくる。1人用の横長い狭い椅子にぴったりと肩がくっつき私の緊張はさらに増した。もう体がどうにかなってしまいそうだ。
「え?えーっと……」
「俺、ゆっくり右手弾くからそれに合わせて」
 混乱する私を置いて奏翔は臆することなく鍵盤に触れていく。どうやらソワソワしているのは私だけらしい。
 置いてかれないように必死で指を動かす。右手よりかは忙しくなく、なんとか弾くことができた。弾き終わると、奏翔がクスリと笑う。
「ふたりとも何恋人みたいなことやってんの?……って、付き合ってるんだったね。いやそれよりもう放課後よ」
 そこへ三羽先輩が入ってきて我に返り、弾かれたように距離をとった。その後では未弦が唖然と言葉を失っている。
「へ、もうそんな時間!?」
 奏翔は驚きながらも学ランのポケットに手を突っ込み、スマホの時計を確認した。私も確認してみるといつの間にやら午後の授業は既に終わっていた。
「何、この状況?」
 未弦の後から入ってきた中学校の制服姿の弓彩が首を傾げた。ショートの髪に未弦と似た気さくそうな顔だけれど、眉は切れ長である。
 弓彩は私を視界に入れると怒っているかのようにそっぽを向いた。私が未弦を避け気味にしているからそうなのだろうか。よく廊下で見かけるけれどいつも避けられるが、本音はわからない。というか私も未弦を避けるように弓彩も避けてるからなかなか聞けずにいる。 
「悪い、必死な楓音見るとつい……」
「い、いえ……」