アレンジを入れなくても頭の痛みには心地よく、まるで天国で流れているみたいな旋律。人間の一生がありありと見えてくるようで、華やかな時を表現している感じがするとこもある。
 奏翔が弾き終わると同時に私は息を呑みながらも拍手をした。感激しすぎて小刻みになり叩き合わせる手が痛い感覚がした。
「お、大げさだってー」
 私の様子に気づいたのか、奏翔はこちらを向いてから目を丸くして、頭を軽くかいた。頰が赤くなっていて、恥ずかしがっているのがわかる。 
「……これってさ、楽譜見ただけでわかるんだけど、サビが1回しかないんだよな」
「へ、そうなの?」
 しばらくして発せられた奏翔の言葉に驚いて、楽譜立てに立て掛けられている楽譜を覗き込んでみる。とはいえ、中学以来楽譜なんてまともに見たことがない私には、どの音符が何を示しているのやら。
 ただ、下にいくほど音符の数が増えているように見える気もするけれど、どこがサビなのかは見当もつかない。楽譜の中で何が起こっているのか、まるで暗号でも解読しているような気分だ。頭の中でさっきのメロディーをリトライしてみても全部サビのように感じてくる。 
「どこ?」
「ここらへん。一番盛り上がってる感じがする。ほら」
 奏翔は楽譜に指を差してからサビの旋律を弾き直した。改めて聴いてみるとサビのような感じもしてくる。
「ホントだ……そんなのどうしてわかるの?」
「えっ?初めてこの楽譜見た時に、勘で」
  仰天していると、奏翔は普通じゃない?と言いたげな口調で返してきた。
「私じゃわかんないよ……すっごい!」
「え……そ、そうかな?」
 果たして私が人を褒めたことがあったのだろうか。いや産まれて初めてかもしれない。魚が水を得たように次々と言葉が出てくる。奏翔は実感が湧かないと言わんばかりにまた頭を軽くかいていた。
 私のように音楽の知識に疎く、凡人には理解できない世界なのだろう。まるで道端の片隅に咲く小さな一輪の花を、ふと見つけてしまうようなものだ。気づかなければ通り過ぎてしまうような、そんな特別なものが奏翔には見えているのかもしれない。