「ソナタ」
「へ?」
「結構有名どこだよ。ハ長調とか二短調とかト長調とか色々あるんだけど、それをメドレーにしてるのが元なんだけど、あとカノンも入れてる。あと楽采が作った曲も。あいつ、作曲家目指してるから。アレンジしすぎてて途中から知らない曲になっちゃって――」
 どうやら音楽のことになると口が止まらなくなるらしい。次々と出てくる初耳の言葉に「いや、ちょっと待って」と無理矢理くぎりを入れる。
「それ、自分の名前じゃん。しかも私の名前もあるの?え、そんな曲あったっけ?」
「あるよー」
 確かにあったような気もするし、少しどこかで聞いたことのあるメロディーもあったが、全体的に比べようとしても、正式なフルを聴いた記憶すら忘れているので、全然そんな気がしない。
「え、ちょっと待って!もう1回弾いて。今度は譜面通りに」
「あ、えっーと、ソナタの中でも一番有名なハ長調とカノンでいいかな?」
 首を傾げながらも急かすと、奏翔はクスクスと笑いながらも慌ててさっきの椅子に腰掛け楽譜をパラパラとめくり始める。その様を
「私どれが有名とかわかんないから、早く」と急かした。
「えーと、まずこれがハ長調の方な」
 そう告げると、奏翔はピアノを弾き始めた。楽しげな楽園にいるようなメロディーが音楽室に響き渡り、それは表現豊かでかわいらしく、不思議と心がウキウキとしてくる。
 私はそれを奏翔の真横に近づいて遠慮気味に覗き込みながらも防音イヤーマフ越しの耳をすます。
 確かに聞き覚えのある旋律だ。どうしてピンとこなかったのだろうと、今更ながらに自分の頭の鈍さを痛感する。いや、それほどアレンジしすぎていた証拠なのかもしれない。
「次、これがカノン」
 一瞬手を止め、奏翔はまた細長い指をうねうねと動かし始めた。さっきのソナタよりもかなり手の動きがゆっくりで、スローモーションのようにも見えてくる。卒業式でよく聴くような穏やかなメロディーだ。