「あの、静かにしてくれませんか?ここ、図書館ですので」
 そして通りがかった司書に注意されるまで、自分たちが図書館にいることさえも忘れていた。
「あ、すみません」
 二人して同時に謝ると、気まずい沈黙が図書館全体に広がった。周りの視線が一斉にこちらに向けられ、まるで自分たちが場違いな存在であるかのように感じられる。私は帽子のツバを少し下げて視線を逸らした。防音イヤーマフを隠すために被った黒い帽子が、逆に不審者のように見られている気がしてならない。
 どうせヘッドフォンだと勘違いされているに違いない。
「行くぞ」
 俯いていると、奏翔が本を棚に戻す音がして、彼が私の手をぐいっと引っ張ってきた。まるで逃げることを許さないかのように。
「ちょっ……自分で歩けるから」
 心臓がバクバクしながらも、私はこそこそ話すような声で腕を振って抵抗する。しかし、そのたびに奏翔の握る力は強くなり、為す術がない。
「ごめん。手を離したら逃げるかと思ってさ……。だって、誘いもめちゃくちゃ拒否してくるし」
 奏翔は軽く頭をかきながら謝ってきた。眉を申し訳なさそうに下げていたが、濃い琥珀色の瞳は真剣そのものだった。その視線を受けるたびに、自分が彼を拒否し続けていたことを思い出し、立場の弱さを痛感する。
「ごめん……」
「いいよ。でも、このまま手を繋いでいていい?その方が恋人っぽいから」
 握る力を少し緩めながら、奏翔は懇願してきた。しかも、私の帽子のツバをつまんで顔を覗き込みながらだ。その仕草があまりにも可愛らしくて、思わず頷いてしまった。
「……ありがとう」
 頬を赤らめて、そっぽを向きながら奏翔は呟いた。そしてそのまま、私たちは図書館を後にした。
「あのさ、約束してくれないか?絶対に逃げないって」
 そこで奏翔は真剣な眼差しで頼み込んでくる。
「わ、わかったから……」
 渋々頷くと、奏翔は「ホントだな?」と確認してきた。よほど信頼されていないらしい。こんな状況を招いたのは、他でもない私自身だ。
「や、約束するって」
「もし逃げたら、そこが地獄の果てでも追いかけるからな」
「だ、だから……逃げないって!」
 些細なやりとりのはずなのに、奏翔があまりにも真剣なので、私は苦笑しながら答えた。
 やっぱりこいつ、借金取りに来たヤクザか、もしくは束縛の強い彼氏かもしれない。警察を呼ぶべきか真剣に考えた方がいいのかもしれない。