「そこにいるのか、楓音」
 引き戸越しに聞き覚えのある声が防音イヤーマフ越しの耳を捉える。
 奏翔だ。
 まだ関わり始めて間もないのに、どうして話しかけてくるのだろう。しかも、こんな時に限って。授業をサボってまで、私の心にズケズケと土足で踏み込んでくるつもりなのか。しばらく日を置いて落ち着いたら声をかけるとか、そうしてほしい。いや、むしろ、嫌ってほしい。
「開けなくていいよ。俺も無理に開けたりしねぇから」
 こういう時こそ開けろと言ってくるのではないかと思っていたが、奏翔が口にした言葉は予想外だった。声を殺していても、こちらにいることはバレているようだ。引き戸越しに座るような音が聞こえてくる。おそらく、今私たちは引き戸を隔てて背中合わせに座っているのだろう。
「未弦先輩から聞いたよ。謝りながら泣きついてきて、びっくりした。どうしたらいいか分からなくて、唯一の友達なのに情けないって。今は三羽先輩に預けてる」
 顔は見えないし、声色も落ち着いていて私を気遣っているようだから、心情を読み取ることはできない。ただ、未弦も奏翔も私を心配してくれているのはわかる。素直に自分の気持ちを言えないのは、私のほうだ。
「……なぁ、テストの順位ってそんなに大事か?」
 その問いかけにえ、と声が漏れる。当たり前だ。大事に決まっている。成績次第で特進クラスに居続けられるか、その後の進路だって左右される。父さんも落胆したり、小言を言ってきたりするだろう。それなのに、今さら何を言い出すのか。全くわけがわからなかった。
「別にさ、順位くらい落ちたっていいじゃん。それで死ぬわけじゃねえんだし」
 私の答えを聞くつもりがないのか、奏翔は力を抜けよとアドバイスしてくる。私が特進クラスにいる事情は、未弦ですら知らないし、話す勇気すらも持ち合わせていない。知っているのは私と父さんだけ。それを知らないくせに、何様のつもりだ。そもそも質問した意味があるのか、と聞き返したくなる。