「どうしよう……」
 翌朝、私はクローゼットの前でへたり込んでいた。
【家から一番近い図書館の中で、1時に待ち合わせな】
 昨夜、奏翔からそんなメッセージが届いていた。デートだとわかってはいるものの、実際に校外で会うとなると、どんな服を着たらいいのか全くわからない。
 誰かと遊びに出かけるなんて、私にとっては非日常的なことだ。未弦とももう3年は遊んでいないし、中2の時にあの失態をしてから妹の弓彩ともだ。父さんとも当然お出かけなんてしていない。むしろ、もし父さんと出かけることがあったら、それこそ天と地がひっくり返ったような事態だ。
父さんはいつも冷たく、高圧的な口調で私を罵る。冷徹なドライアイスみたいな言葉で私を追い詰める。そんな父さんが私を誘う?いや、そんなことありえないし、あったとしても怖くてついていけない。
 でも今はそんなことを考えている場合じゃない。早く服を選んで支度しないと、待ち合わせに遅れてしまう。
 奏翔が誘ってくれたことには驚いたし、少し嬉しくもあった。でも、最低な自分が誰かと遊ぶ資格なんてないと思っていたし、テストの成績も最悪だから、次は1位を取るために勉強しないといけない。だから、何度も断りのメッセージを送った。
 そのやり取りをしながら勉強していたせいで、余計にイライラして、全然集中できなくて、思わず「なんなのこいつ」って八つ当たりしたくなった。
【朝起きれないならモーニングコールするし、家まで迎えにいくよ。それか、出てくるまで何度もインターホン連打しようか?それとも、オヤジのトラックにピアノを積んで、母さんに運転させて、昨日みたいに出てくるまでずっと弾き続けてやろうか?】
 でも返ってきた奏翔からのメッセージは、最初こそ恋人っぽくて少し嬉しくも思ったが、朝から彼に気を遣わせてしまっているようで申し訳なく感じた。それに、その後の文には頭を抱えた。ピンポン連打やピアノで呼び寄せるなんて、確実に目立ってしまうし、ご近所さんに不審者だと思われて警察を呼ばれかねない。まるで借金取りに来たヤクザみたいだ。いや、むしろ彼はおかしいのかもしれない。どうやら、奏翔は私となんとしてでもデートしたいらしい。
 1週間お試しで付き合っているだけの関係なのに、呼び捨てやらデートの誘いやら、どこまで必死になれば気が済むんだろう。
 けれど、私は嫌だとしか返事をしていないし、具体的な理由を伝えなかった。だからこんなバチが当たったのかもしれない。いっそのこと「もういい」と諦めてくれれば良かったのに。
 今見返すと【ちょっと外の空気吸おうよ】とかも送られてきていて、まるで反抗期の娘と過保護な父親のやり取りみたいだ。