ふと、過去の記憶が頭の中で再生される。無言で足首を蹴ってしまい、倒れる妊婦の母さん。近づいてくるトラックの音。
 取り返しのつかないこと。警察につかまってもおかしくもないことを私はしてしまった。ただの八つ当たりだけど、人殺しと非難されても仕方ない。
 その罪をひた隠しにして逃げるなんて。最低の人間だ、私は。
 衝動的に小紫色のリボンを結んだネズミ色のセーラ服のスカートのポケットから黄色いカッターを取り出し、黒くて長い靴下をめくって足の肌を斬りつける。
 人を殺した加害者側なのに何をしているんだ。こんなの被害者気取りじゃないか。
 傍からはそう見えるかもしれない。でもこれは人を殺した最低な私への罰だ。
 既にこの4年、斬りつけてばかりいるからキズだらけでまだ新しいカサブタもある。その見た目は吐き気を湧かせてしまうほど醜く、グロい。
 キズからぷちりと血が滲み、ビリッとした痛みが走る。息が荒くなり、嗚咽が漏れ始めた。それを合図に、堰を切ったように呻き声が上がる。
 これは罰なのだから泣く資格なんてない。
 いっそ、この感情さえ壊れてしまえば楽になれるのに。壊れてしまえば、この罰も楽に受け入れることができるのになんて情けないのだろう。
 私はこんな自分が大嫌いだ。
  
 どれほどの時間が経ったのだろうか。授業をサボったことは言うまでもない。体調を崩すことが多く、皆勤ではないが、このままではいけない。戻らなくては。
 そう思う反面、体が動かず、涙も収まってくれない。鏡を見れば、きっとひどい顔をしているのだろう。
 パタパタパタパタ。
 階段の方から足音が聞こえてくる。誰だろう。音楽の授業があって藤井先生が上がってきたのかもしれない。それならいい。図書室に用があるわけではないのだから。ただ、声を殺して遠ざかるのを待つだけだ。 
 念のためちらりと振り返り、カギを確認する。しかし、古すぎてカギが壊れている。勢いよく開けられたら、逃げる方法がない。まだ昼休みではないが、心の中で終わった、とつぶやく自分がいた。