「こうだよ、こう」
「え!?」
 戸惑っていると、後ろから奏翔の手が伸びてきて、私の両手に重ねられた。驚いて顔を上げると、すぐそこに奏翔の顔があり、彼の手に導かれるように、私の手が動いていく。その距離があまりにも近くて、心臓がドキドキと早くなった。
「ちょ、ちょっと……」
 恥ずかしくて逃げ出したいのに、奏翔の手にしっかり押さえられているせいで、身動きが取れない。年下でも男の人ってこんなに力が強いのかと、実感させられた。
「大丈夫、俺が教えるのは初心者でも弾ける簡単なやつだから」
 私が返事をする間もなく、奏翔は私の指を一本ずつ押さえて、ゆっくり動かしていく。頭が混乱しているのに、勝手に私の指が操られるように動き、ぎこちないメロディーが音楽室に響き始めた。
「ほら、弾けただろ?」
 サビの部分を弾き終わると、奏翔はゆっくりと手を離しながら、そう問いかけてきた。急にこんな近くで教えられて、私の理性はまだ追いついていない。
「あ……うん。」
弾けたというより、弾かされたんだけど……と思いつつ、何とか頷く。
「じゃあ、感覚を忘れないうちに、一人で弾いてみて」
 奏翔の優しい口調に少し安心したものの、緊張は解けず、おぼつかない手つきで鍵盤を押していく。しかし、音を外すたびにメロディーがどんどん崩れていき、何度も間違えてしまう。自分が音楽からどれだけ遠ざかっているのか、改めて感じさせられた。
「うん、左手はなんとか弾けるようになったな。じゃあ、ちょっと左に寄ってくれる?」
 しばらくして奏翔が言ったので、首を傾げながらも端に寄ると、彼が隣に座ってきた。狭い一人用の椅子にぴったりと肩が触れ合い、私の緊張はさらに高まる。もう体がどうにかなりそうだ。
「え?えーっと……」
「俺、ゆっくり右手を弾くから、それに合わせて」
 混乱する私をよそに、奏翔は躊躇なく鍵盤に手を置いた。どうやらソワソワしているのは私だけらしい。
 置いて行かれないように、必死に指を動かす。右手ほど忙しくはないので、何とかついていくことができた。曲が終わると、奏翔がクスリと笑った。