「次、これがカノンな」
奏翔が手を止め、一瞬の静寂が訪れた後、再び彼の細長い指が鍵盤の上を滑り始めた。先ほどのソナタよりもずっとゆっくりで、時間がまるでスローモーションのように感じられる。卒業式でよく耳にする穏やかなメロディーが、音楽室に優しく響き渡った。
その旋律に静かに耳を澄まし、心の中で受け止める。アレンジを加えていなくても、頭の中の痛みが少しずつ和らいでいく心地よさがあり、まるで天国で流れているような、感情的な響きだった。メロディーが進むにつれて、私の心にも温かい感情が広がっていく。まるで人の一生が浮かび上がるように、過去の思い出が鮮やかに蘇ってきた。どんなにつらい過去であっても、そこに花を添えるように、華やかに彩られていく。
窓から差し込む柔らかな陽光が奏翔の指先に反射し、まるでその光自体が音楽となって私の心に直接届いているかのようだった。旋律の一つひとつが心に響き、忘れていた温もりが再び蘇ってくる。まるで心の中の静かな湖に一滴の水が落ちたように、穏やかで美しい感情が広がっていった。
奏翔が弾き終わると同時に、私は思わず息を呑んだ。目頭が熱くなり感動のあまり、手を小さく叩いて拍手を送る。すると、その痛みさえ心地よく感じた。
「お、大げさだって。俺が弾いただけでそんなに拍手するほどじゃないよ。手、痛いだろ?」
ふとこちらを向いた奏翔は、私の様子に気づいたのか、目を丸くして慌てて謙遜の言葉を口にした。頬が赤く染まっていて、恥ずかしそうな様子が手に取るようにわかる。こんなに上手なのに、彼自身はそれを認めず、過小評価しているようだった。少しも自信を持っていないような言葉と仕草に、もったいないなと思ってしまう。もっと自信を持っていいのに。
「……俺でも、楽譜を見ただけでサビが一回しかないってわかるんだよね。まあ、大したことじゃないけどさ」
「へえ、そうなの?」
ポツリと発した奏翔の言葉に驚いて楽譜を覗き込んでみるが、中学以来、楽譜なんてまともに見たことがない私には、どの音符がどの音を表しているのか全くわからなかった。サビがどこなのかなんて、全く検討がつかない。ただ、下に行くほど音符の数が増えているようにも見えるが、それがサビかどうかも見当がつかない。楽譜の中で何が起こっているのか、まるで暗号を解読しているような気分だ。
「どこ……?」
「ここら辺。一番盛り上がってるところ、わかる?」
奏翔は楽譜に指を差してから、そのサビの部分をもう一度弾いてみせた。改めて聴いてみると、確かにサビのような感じがする。
「ホントだ……そんなの、どうしてわかるの?」
「え?初めて楽譜を見た時になんとなくわかっただけだよ。まあ、そんなに大したことじゃないよ」
驚きつつも、奏翔はまるで当然のことのように軽く言った。
「私には絶対わかんないよ……すごい!」
「え……そうかな?」
自分が人を褒めたのはこれが初めてかもしれない。まるで次々と褒め言葉が自然に口から出てきてしまう。奏翔は少し照れくさそうに、また頭を掻いた。
音楽の知識に疎い私にとって、彼の世界は理解の及ばないものなのかもしれない。まるで道端に咲く小さな一輪の花に、ふと目を留めてしまったかのような特別な感覚。気づかなければ見過ごしてしまう、そんな瞬間の美しさを奏翔は見つけられるのだろう。
奏翔が手を止め、一瞬の静寂が訪れた後、再び彼の細長い指が鍵盤の上を滑り始めた。先ほどのソナタよりもずっとゆっくりで、時間がまるでスローモーションのように感じられる。卒業式でよく耳にする穏やかなメロディーが、音楽室に優しく響き渡った。
その旋律に静かに耳を澄まし、心の中で受け止める。アレンジを加えていなくても、頭の中の痛みが少しずつ和らいでいく心地よさがあり、まるで天国で流れているような、感情的な響きだった。メロディーが進むにつれて、私の心にも温かい感情が広がっていく。まるで人の一生が浮かび上がるように、過去の思い出が鮮やかに蘇ってきた。どんなにつらい過去であっても、そこに花を添えるように、華やかに彩られていく。
窓から差し込む柔らかな陽光が奏翔の指先に反射し、まるでその光自体が音楽となって私の心に直接届いているかのようだった。旋律の一つひとつが心に響き、忘れていた温もりが再び蘇ってくる。まるで心の中の静かな湖に一滴の水が落ちたように、穏やかで美しい感情が広がっていった。
奏翔が弾き終わると同時に、私は思わず息を呑んだ。目頭が熱くなり感動のあまり、手を小さく叩いて拍手を送る。すると、その痛みさえ心地よく感じた。
「お、大げさだって。俺が弾いただけでそんなに拍手するほどじゃないよ。手、痛いだろ?」
ふとこちらを向いた奏翔は、私の様子に気づいたのか、目を丸くして慌てて謙遜の言葉を口にした。頬が赤く染まっていて、恥ずかしそうな様子が手に取るようにわかる。こんなに上手なのに、彼自身はそれを認めず、過小評価しているようだった。少しも自信を持っていないような言葉と仕草に、もったいないなと思ってしまう。もっと自信を持っていいのに。
「……俺でも、楽譜を見ただけでサビが一回しかないってわかるんだよね。まあ、大したことじゃないけどさ」
「へえ、そうなの?」
ポツリと発した奏翔の言葉に驚いて楽譜を覗き込んでみるが、中学以来、楽譜なんてまともに見たことがない私には、どの音符がどの音を表しているのか全くわからなかった。サビがどこなのかなんて、全く検討がつかない。ただ、下に行くほど音符の数が増えているようにも見えるが、それがサビかどうかも見当がつかない。楽譜の中で何が起こっているのか、まるで暗号を解読しているような気分だ。
「どこ……?」
「ここら辺。一番盛り上がってるところ、わかる?」
奏翔は楽譜に指を差してから、そのサビの部分をもう一度弾いてみせた。改めて聴いてみると、確かにサビのような感じがする。
「ホントだ……そんなの、どうしてわかるの?」
「え?初めて楽譜を見た時になんとなくわかっただけだよ。まあ、そんなに大したことじゃないよ」
驚きつつも、奏翔はまるで当然のことのように軽く言った。
「私には絶対わかんないよ……すごい!」
「え……そうかな?」
自分が人を褒めたのはこれが初めてかもしれない。まるで次々と褒め言葉が自然に口から出てきてしまう。奏翔は少し照れくさそうに、また頭を掻いた。
音楽の知識に疎い私にとって、彼の世界は理解の及ばないものなのかもしれない。まるで道端に咲く小さな一輪の花に、ふと目を留めてしまったかのような特別な感覚。気づかなければ見過ごしてしまう、そんな瞬間の美しさを奏翔は見つけられるのだろう。