「それより奏翔くんは――」
「呼び捨て」 
 その縛られているような感覚を悟られないように話を逸らそうとした。けれど奏翔は少しわがままなのか、くん付けを受け入れてくれない。心なしか語気が強められている気がする。
「くん付けってそんなに……」
 ダメなの、と私は聞き返す。正直、つけなくてもつけてもどちらでもいいと思う。けれど、つけていた方が私的には羞恥心が湧かない。いっそのこと譜久原くんでもいい。そのぐらいの方がまだ関わり始めたばかりだけど関わりたくなくて、罪がばれてほしくなくて壁を作りたい私にとっては気軽で心地がいい。
「だってせっかく恋人なんだからさ、呼び捨てでいかなきゃ不自然じゃない?苗字で呼び合ってるカップルはすぐ別れるっていうし」
 しかし、奏翔はひるむことなく抵抗してくる。呼び方が違うだけで別れやすかったりするのだろうか。恋人なんてできたのはお試しでありながも、初めての私にはわからない。
「私達はあくまで仮だよ……恋人(仮)だから関係ないよ」
「関係ある。仮でも恋人は恋人だよ」
 つぶやくように反抗してみても埒が明かない。なんだか少し年の離れた弟でもできたみたいだ。実際、ひとつ下だけれど。もちろん、血のつながりなんて一切ない。
「はいはい」
 軽くあしらうと奏翔は「わかったんなら呼び捨てで呼んでよ。早く早く」と急かしてくる。本当に困ったカレシだ。少しは私の気持ちも受け入れてほしい。