「……なぁ、テストの順位ってそんなに大事か?」
数秒の沈黙を置いて発されたその問いかけに、私は「え」と声を漏らす。当たり前だ。大事に決まっている。成績次第で特進クラスに居続けられるか、その後の進路だって左右される。父さんも落胆するだろうし、小言も言われる。何より、私の罪が公にされるかどうかがかかっている瞬間なのだから、死と隣り合わせのようなものだ。それなのに、今さら何を言い出すのか。全くわけがわからなかった。
「別にさ、順位くらい落ちたっていいじゃん。それで死ぬわけじゃねえんだし」
私の答えを聞くつもりもないのか、奏翔は肩の力を抜けよ、と軽くアドバイスしてくる。彼が私の特進クラスにいる理由も、未弦ですら知らない。話す勇気もない。知っているのは私と父さん、そしてあの時母さんを轢いたトラックドライバーの佐竹暁則だけ。それを知らないくせに、何様のつもりだ。奏翔に聞き返したくなる。質問した意味があるのか、と。
「バカみたいにやりたいことをやってさ、好きに生きればいいんだよ。自分の人生なんだから」
そんな言葉を投げかけられても、私は自由にするわけにはいかない。もしかしたら、私の足元には無数の道が広がっているかもしれない。けれど、私に許された道はたった3本に絞られている。それも、あの条件によって。
何も言えずに黙っていると、奏翔は諦めたのか、その場を立ち上がって去っていった。階段を降りる音は聞こえなかったが、私はホッとし、肩の力が抜ける。しかし、それも束の間だった。
引き戸が開く音が聞こえたからだ。図書室ではなく、向かい側の音楽室からである。もし音楽の授業中だったらどうするつもりなんだろうと思いつつ、そのまま放っておいた。もう私に話しかけないでほしい。一週間だけ付き合うとか、そんな話を聞くつもりはない。
しばらくして、柔らかなピアノの音が耳に届いた。どこかで聞いたことがあるような楽しげなメロディーだったが、曲名は思い出せない。初めて聴くような曲にも聞こえるが、こんなに穏やかな曲だっただろうか、と首をかしげた。もしかすると、奏翔が自分なりにアレンジして弾いているのかもしれない。それとも、似たような別の曲なのだろうか。
涙を忘れ、音楽に耳を傾けようと、防音イヤーマフを外した。寝不足で痛む頭に優しく響くメロディーは、まるで魔法のように心地よく、少しずつ痛みが和らいでいく。それでいて、どこかで泣いている人を包み込むような温かさを感じさせるメロディーだった。
曲名まではわからないが、クラシック音楽だということはすぐに分かった。未弦や弓彩がよくクラシックを弾いていたからだ。もしかして、これを奏翔が弾いているのか。そう思い、引き戸をそっと開け、音に引き寄せられるように近づいた。特別好きな曲でもないのに、どうしても気になってしまう。
同じメロディーの繰り返しかと思いきや、次には全く違うメロディーが流れてきた。曲そのものが変わっているような気もするが、さっきの雰囲気と微妙に絡み合い、どの鍵盤をどう弾けばこんな繊細で穏やかなメロディーが生まれるのか、私には想像もつかない。
これは単なる絶対音感を超え、一人のピアニストとしての腕前を感じさせる。コンクールでは評価されないかもしれないが、その魅力は私にとって十分すぎるほど伝わってきた。あの事故が起きるまでは、未弦や弓彩のバイオリン演奏を家族でよく聞きに行った。そのコンクールや定期演奏会で、何度も心を動かされたことを思い出す。その感覚を、いつの間にか忘れていたなんて。
数秒の沈黙を置いて発されたその問いかけに、私は「え」と声を漏らす。当たり前だ。大事に決まっている。成績次第で特進クラスに居続けられるか、その後の進路だって左右される。父さんも落胆するだろうし、小言も言われる。何より、私の罪が公にされるかどうかがかかっている瞬間なのだから、死と隣り合わせのようなものだ。それなのに、今さら何を言い出すのか。全くわけがわからなかった。
「別にさ、順位くらい落ちたっていいじゃん。それで死ぬわけじゃねえんだし」
私の答えを聞くつもりもないのか、奏翔は肩の力を抜けよ、と軽くアドバイスしてくる。彼が私の特進クラスにいる理由も、未弦ですら知らない。話す勇気もない。知っているのは私と父さん、そしてあの時母さんを轢いたトラックドライバーの佐竹暁則だけ。それを知らないくせに、何様のつもりだ。奏翔に聞き返したくなる。質問した意味があるのか、と。
「バカみたいにやりたいことをやってさ、好きに生きればいいんだよ。自分の人生なんだから」
そんな言葉を投げかけられても、私は自由にするわけにはいかない。もしかしたら、私の足元には無数の道が広がっているかもしれない。けれど、私に許された道はたった3本に絞られている。それも、あの条件によって。
何も言えずに黙っていると、奏翔は諦めたのか、その場を立ち上がって去っていった。階段を降りる音は聞こえなかったが、私はホッとし、肩の力が抜ける。しかし、それも束の間だった。
引き戸が開く音が聞こえたからだ。図書室ではなく、向かい側の音楽室からである。もし音楽の授業中だったらどうするつもりなんだろうと思いつつ、そのまま放っておいた。もう私に話しかけないでほしい。一週間だけ付き合うとか、そんな話を聞くつもりはない。
しばらくして、柔らかなピアノの音が耳に届いた。どこかで聞いたことがあるような楽しげなメロディーだったが、曲名は思い出せない。初めて聴くような曲にも聞こえるが、こんなに穏やかな曲だっただろうか、と首をかしげた。もしかすると、奏翔が自分なりにアレンジして弾いているのかもしれない。それとも、似たような別の曲なのだろうか。
涙を忘れ、音楽に耳を傾けようと、防音イヤーマフを外した。寝不足で痛む頭に優しく響くメロディーは、まるで魔法のように心地よく、少しずつ痛みが和らいでいく。それでいて、どこかで泣いている人を包み込むような温かさを感じさせるメロディーだった。
曲名まではわからないが、クラシック音楽だということはすぐに分かった。未弦や弓彩がよくクラシックを弾いていたからだ。もしかして、これを奏翔が弾いているのか。そう思い、引き戸をそっと開け、音に引き寄せられるように近づいた。特別好きな曲でもないのに、どうしても気になってしまう。
同じメロディーの繰り返しかと思いきや、次には全く違うメロディーが流れてきた。曲そのものが変わっているような気もするが、さっきの雰囲気と微妙に絡み合い、どの鍵盤をどう弾けばこんな繊細で穏やかなメロディーが生まれるのか、私には想像もつかない。
これは単なる絶対音感を超え、一人のピアニストとしての腕前を感じさせる。コンクールでは評価されないかもしれないが、その魅力は私にとって十分すぎるほど伝わってきた。あの事故が起きるまでは、未弦や弓彩のバイオリン演奏を家族でよく聞きに行った。そのコンクールや定期演奏会で、何度も心を動かされたことを思い出す。その感覚を、いつの間にか忘れていたなんて。