私が返事をすると、彼は全身の力を使って私の体を引き上げた。
 刹那、羽が生えたかのように飛んだ気がした。
 やっぱりこいつ、火事場の馬鹿力みたいに力があるんだな、とこの場にそぐわないことを思う。
 そして、気がつくと私は奏翔に抱かれていた。足は屋上についているが体全体が心臓になったかのようにビクリとなる。こんな恋人のような状況初めてだ。というか、期間限定の恋人だけれど。
「あ、ごめん……」 
 我に返ったのか、慌てて奏翔は距離をとった。視線を逸らしたその耳は赤くなっていた。私の頬もポッと火がついたように赤みを帯びている。 こんな顔を見られるのは気恥ずかしい。
 屋上に座り込みながら私は膝を抱え俯いた。
 なんだこの状況は、どこかに逃げ場があるならそこへ一直線に逃げたくなる。
 しかし、ここは屋上だ。逃げ場なんてどこにもない。
「藤井先生の言う通り、あんま濡れてないな」
 場をにごすように奏翔はアハハと苦笑いした。  
 その声に顔を上げると、所々に水たまりはあるものの、びしょ濡れではなかった。
 空を見上げると、白い雲が細くたなびいていて、西の方には虹がかかっていた。それもただの儚い虹ではなく、外側の虹が淡くて内側の虹が濃い。つまり、二重になっている。
 赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。内側の虹の方は特にくっきりと色が映っている。
「あれ……」
 その幻想的な美しさに息をのみながらも思わず声を上げた。
「お、二重の虹(ダブルレインボウ)だ。幸運の兆しって呼ばれてて、見たら幸運が訪れるんだって」
 奏翔は珍しいと言わんばかりに見惚れているような声を上げている。
「へー」