奏翔は扉についているドアノブを捻りながら言った。そこへ私はスカートのポケットからカギを取り出し、彼に渡す。
「なんで、楓音が持ってるんだ?」
 すると、奏翔は口をぽかーんと開けて濃い琥珀色の瞳を丸くしてきた。
「いいから、開けて」
 それを構わず急かす。音楽室からはバイオリンの伸びやかな音が引き戸越しに聞こえてきているし、早くしないと三羽先輩達も楽器を吹き出す。過敏な私にとっては苦痛になるほど騒がしくて、即座に防音イヤーマフを押さえたくなる事態だ。
 奏翔が「えー」とぼやきながらもカギを開ける。そして扉を180度上に傾け、屋上へと足を踏み入れた。私も追随するようにハシゴに手を掛け上がり始める。木のハシゴではあるものの、素材自体が古く色があせている。少しでも体重をかけすぎたらバキッと足場が割れそうだ。そんな心もとないハシゴで屋上まで登るのは、想像以上に度胸が必要だった。
「上がれるか?」
 奏翔はしゃがんで心配そうに私を見つめている。
「いけるよ、これぐらい」
 ハシゴを登りながら作り笑いを浮かべた途端、恐れていたことが起こる。
「あっ……」
 思わず言葉を失った。足場が早くも割れてしまったのだ。藤井に見つかったら、反省文でも書かされそうである。そもそも古いから仕方ないと済まされるかもしれないけれど。
 落ちていく私に奏翔は「危ない!」と両手で腕を掴んできた。
「大丈夫か?行くぞ」
「うん」