それは見た目こそヘッドフォンに似ているが、音楽を聴くためのものではない。リングは墨汁で塗りつぶしたような黒、イヤーカップはコムラサキの実のような渋い紫色をしている。それに、私には音楽を聴いている余裕なんてどこにもない。
 今の私·高吹楓音(たかぶきかのん)にとって、この乱れた心に安らぎを与えてくれる大事な物。それが防音イヤーマフだ。
 それを頭にかけると、耳全体が優しく包み込まれる感覚が広がり、不快な音が緩和される。そして、ほっとした気持ちが湧き上がり、程よい圧力が心地よい。まるで魔法にかけられたような錯覚に陥るほどだった。
 それと同時に、答案用紙を埋める手もスムーズになった。
「よし、やろう」
 つばを一つ飲み込み、ペンを動かし始める。それはチャイムが鳴る15分前のことだった――。
 
 ようやくチャイムが鳴り、辺りは終わったーという活気のある開放感につつまれる。だが私にとっては絶望する意味での"終わったー"であった。
 答案用紙の半分も埋められないままタイムアップとなってしまった。問題もかなりの難問だし、さすが琴賀岡(ことがおか)高校という名の進学校の特進クラスといったところだ。
 別に将来学びたいことやなりたい職業があったからここに入ったわけではない。けれど自分が犯した罪を償うために私はここにいる。もし普通クラスにいてもその罪は償えるかもしれない。でもその選択をすることは許されないものだ。
『お前のせいで母さんは――』
 ふいに父さんの尖った声が頭の中で再生され、それを蚊を払うように跳ねのけた。
 テストが終われば、私の席は窓際の一番後ろに戻る。さっきまでは出席番号順でちょうど真ん中の席だったので、元の席に戻った途端にふっと肩の力が抜けた。
 しかしそれは束の間でしかない。
「高吹さんって、いつもそれつけてるよね?」
「テスト中にもつけて何聴いてんだよ」
 席につくなり、数人のクラスメイトがからかうように詰め寄ってくる。その疑惑は、まるで見えない圧力となって押しつぶしてくるようだった。「カンニングしていたんじゃないか?」という疑いの目が向けられるたびに、胸の奥がじわじわと痛み出す。もちろん、私はそんなことをする人間ではない。