「楓音には願い事とかないのか?」
 奏翔に問いかけられて、頭の中で考えを巡らせてみる。けれど、これといった願い事が全く思い浮かばない。
「それより奏翔くんは――」
「呼び捨て」
 なので答えるのを避けようとして話題を逸らそうとしたが、奏翔は少しわがままなのか、"くん"付けを受け入れてくれなかった。どこか強調された言い方だ。
「くん付けってそんなに……」
 思わず反応してダメなのと聞き返す。正直、どっちでも構わないが、"くん"付けの方が恥ずかしくなくて楽だ。むしろ「譜久原くん」でもいい。その距離感が心地よい。まだ関わり始めたばかりだし、私は深く関わりたくないし、自分の罪がばれてほしくない。だから心の壁を作っておきたかった。
「だってせっかく恋人なんだからさ、呼び捨てでいかなきゃ不自然じゃない?苗字で呼び合ってるカップルはすぐ別れるっていうし」
 しかし奏翔はひるむことなく言い返してくる。呼び方が違うだけで別れるのが早いなんて本当にあるのだろうか。恋愛経験がない私には、よくわからなかった。
「私たちはあくまで仮だよ……恋人(仮)だから関係ないよ」
「関係ある。仮でも恋人は恋人だよ」
 反論してみても、奏翔は譲らない。まるで年の離れた弟ができたような気分だ。実際、彼は私より一つ年下だけど。
「はいはい」
 軽くあしらうと、奏翔は「わかったんなら呼び捨てで呼んでよ。早く早く」と急かしてくる。本当に困ったカレシだ。少しは私の気持ちも受け入れてほしい。
「そ、奏翔……」
 頬を赤く染め、震える声で呼ぶと、奏翔はニヤリと嬉しそうに「なんだい?楓音」と笑いかけてくる。その顔はまるで小学生みたいに幼く見える。私より身長が低いから、なおさらだ。