そして気がつけば、私は奏翔に抱きかかえられていた。背中に両手を回されて優しく包まれている。足はしっかり屋上についているが、その状況に体全体が心臓のようにビクリと震えた。こんな恋人のような状況、初めてだ。いや、期間限定の恋人だけど。
「あ、ごめん……」  
 我に返ったのか奏翔は慌てて距離を取った。そっぽを向いたその耳は赤く染まっている。それを見た私の頬も、まるで火が灯ったように赤くなった。こんな顔を見られるのは恥ずかしい。逃げ場があれば今すぐにでも逃げ出したいところだ。
 しかし、ここは屋上。どこにも逃げ場なんてものはない。
「藤井先生の言う通り、あんまり濡れてないな」   
 奏翔は場を和ませようとするように、アハハと苦笑いした。顔を上げると、確かに水たまりはあったが、びしょ濡れというほどではなかった。
 ふと空を見上げると、白い雲が細くたなびき、西の空に二重の虹がかかっていた。外側が淡く、内側が濃い虹だ。七色が鮮やかに映えていて、思わず息を飲んだ。
「あれ……」  
 そのあまりにも幻想的な景色に思わず声を上げると、奏翔が珍しそうに見つめながら言った。 「お、ダブルレインボウだ。幸運の兆しって言われてて、見ると幸運が訪れるんだってさ」
「へえ」
 その知識に少し驚きながらも、私も虹をじっと見つめる。
「こういう時は、願い事をするんだよな。まぁ、俺は普通の虹でもいつも願い事してるけど」  
 奏翔は輝く笑顔を浮かべ、両手を合わせて目を閉じた。
「なにそれ……」  
 流れ星じゃないんだから、と心の中でため息をつく。
「似たようなもんだよ。流れ星も運気の上昇の印だからさ。でも、俺は流れ星が出なくても、ずっと願い事してる」  
 奏翔は目を閉じたまま、私の心を見透かすように言った。それから、何かを願い終えたかのように静かに目を開け、両手を下ろした。その表情は真剣で、ふざけている様子は微塵も感じられなかった。