廊下を少し歩き、中央階段を駆け上がる。2年生の教室は2階、奏翔がいる1年生は3階、その上が最上階だ。
 図書室の引き戸に手をかけると、古びた音が響いた。外では雨が激しく降っており、テストを受けていた時よりも強く、まるで滝のようである。帰る頃には止んでいてほしいと願いながら、ゆっくり引き戸を押して中に入った。
 すると、奏翔はおらず別の先客がひとりいた。焦げ茶色の髪、細い直線のような眉、琥珀色の澄んだ目を持つ男子生徒だ。顔立ちはどこか奏翔に似ていて、長机に座って静かに本を読んでいる。見た目に反して、彼も静かな場所を求めてここに来たのだろう。誰も来ないと思っていた場所に先客がいるのは少し意外だった。
 彼が話しかけてくる気配はなかったので、私は適当な本を手に取って近くの椅子に座った。本を開こうとしたその瞬間だった。
「ここに来るなんて物好きだな」
 棒読みで彼に話しかけられた。どうやら引き戸の音で私に気づいたらしいが、本から目を離さない。興味がなさそうな態度だ。
「……そうですかね。えっと、私は人に呼ばれて……」
「人?」
「はい、1年生の人に」
 見たことのない顔なので、彼が先輩なのか後輩なのか分からず、敬語で答える。
「そいつって僕と同じ部の部員?」
「ぶ、ぶい――」
「楽采!また本の世界に逃げてる~!現実逃避はおしまいっ!楽器、持ってきちゃったよん」
 その時、廊下から激しい音と大きな声が響いてきた。驚いて目をぎゅっと閉じ、防音イヤーマフを強く押さえる。
萌響(ももね)、うるさい。空気読めよ」
「……あ、ごめん。建付け悪くてつい……」
 男子生徒と女子生徒の声が落ち着き、恐る恐る瞼を開けると、引き戸の前で申し訳なさそうに頭を下げる女子生徒がいた。これでは、ますます引き戸の修理が必要だと痛感する。
「い、いえ……」
 イヤーマフに押し付けていた手を降ろし、そう答えながらふと横を見ると、男子生徒が本を閉じ、私の顔を指差していた。
「それ、防音イヤーマフだろ?」
「え、どうして……!?」
 質問もしていないのに、彼にひと目で見抜かれて声が上ずる。ヘッドフォンと見間違えなかったのは彼が初めてだ。動揺を隠せない。
「事情は譜久原くんから聞いてるから。特に楽采は親友だからね」
 私の声を聞いたのか、女子生徒が顔を上げてこちらに近づいてくる。ツインテールに結んだ黒髪、切れ長の眉、そしてぶりっ子のような笑顔が印象的だ。両手に黒いケースを持ち、中にはおそらく楽器が入っているのだろう。