私の耳は、普通じゃない。いや、明らかにおかしい。時々、「バグってる」と揶揄されるが、それに対して私は苦笑いするしかない。まぁ、そうだよね、って。
何の変哲もないシャープペンシルが答案用紙の上を滑る。それはまるで一人のピアニストが音符を追うように、リズミカルで優雅だ。ペン先は紙の上で踊り、滑らかな弧を描いては軽やかに跳ねていく。そして、時折消しゴムが紙を擦る音が机を揺らし、かすかな振動が手元に伝わってくる。
ふと窓の外を見ても、バカみたいに眩しい青空は見当たらない。もし陽が差していたら、それだけで私は苛立っていただろう。私の世界に陽射しなんて不要だ。むしろ、拒絶したい。それが私には決して当たってはいけないものだから。
今、空に広がっているのはどんよりとした雲ばかりだ。湿気がまとわりつき、教室にはじめじめとした空気が充満している。この曇り空こそが、私の心にぴったりだ。
ずっと見ていたい。永遠のように続けばいいのに。
いや、続くだろう。高校に入学して2度目の梅雨がやってきたのだから。
そんな外では小雨が静かにコンクリートを叩いている。
シャーペンの音、消しゴムの音、机の音、雨の音。
そのどれもは普通の人にとって些細な音だろう。答案用紙を埋めるハンデとしてはごく軽いものに違いない。
しかし、私にはそれらが重くのしかかる。教室の中央に座っている私は四方八方から雑音の矢にさらされているのだから尚更。答えを書こうとするたびに、その音が苦痛になる。耳が過敏だからだ。世間ではこの症状を"聴覚過敏"なんて呼ばれている。音が過剰に聞こえるせいで、私はいつも苦しんでいるのだ。
それはまるで消えることのない嵐の中にいるようでいくら耳を塞いでも、いくら思考を整理しようとしても、その轟音が心をかき乱し続ける。
「やっぱり、無理だ……」
ふと虚ろに漏れた呟きは、周囲のノイズにかき消されていった。
このままではいけない。雑音の苦痛に耐えるようにまぶたをぎゅっと閉じていても、テスト監督の先生には居眠りしていると誤解されてしまうだろう。それにこの苦痛は我慢でどうにかなるものではない。たまらず、答案用紙の横に置いてあった防音イヤーマフに手を伸ばすしかないのだ。
それは、見た目こそヘッドフォンに似ているが、音楽を聴くためのものではない。いや、今の私には音楽を楽しむ余裕などどこにもない。ただ、不快な音から逃れるためのものだ。
リングは墨汁のような黒、イヤーカップはコムラサキの実のような渋い紫色をしている。
それを頭にかけた途端、耳全体が優しく包まれたような感覚が広がった。それと同時に不快な音が少しずつ遠のいていく。そして、胸の中にほっとする感覚が湧き上がった。程よい圧力が心地よく、魔法にかかったような錯覚に陥る。
そのおかげで、答案用紙に向かう手が滑らかになった。
「よし、やろう」
深く息を吸い、シャーペンを握る手を動かし始める。それは、チャイムが鳴る15分前のことだった。
何の変哲もないシャープペンシルが答案用紙の上を滑る。それはまるで一人のピアニストが音符を追うように、リズミカルで優雅だ。ペン先は紙の上で踊り、滑らかな弧を描いては軽やかに跳ねていく。そして、時折消しゴムが紙を擦る音が机を揺らし、かすかな振動が手元に伝わってくる。
ふと窓の外を見ても、バカみたいに眩しい青空は見当たらない。もし陽が差していたら、それだけで私は苛立っていただろう。私の世界に陽射しなんて不要だ。むしろ、拒絶したい。それが私には決して当たってはいけないものだから。
今、空に広がっているのはどんよりとした雲ばかりだ。湿気がまとわりつき、教室にはじめじめとした空気が充満している。この曇り空こそが、私の心にぴったりだ。
ずっと見ていたい。永遠のように続けばいいのに。
いや、続くだろう。高校に入学して2度目の梅雨がやってきたのだから。
そんな外では小雨が静かにコンクリートを叩いている。
シャーペンの音、消しゴムの音、机の音、雨の音。
そのどれもは普通の人にとって些細な音だろう。答案用紙を埋めるハンデとしてはごく軽いものに違いない。
しかし、私にはそれらが重くのしかかる。教室の中央に座っている私は四方八方から雑音の矢にさらされているのだから尚更。答えを書こうとするたびに、その音が苦痛になる。耳が過敏だからだ。世間ではこの症状を"聴覚過敏"なんて呼ばれている。音が過剰に聞こえるせいで、私はいつも苦しんでいるのだ。
それはまるで消えることのない嵐の中にいるようでいくら耳を塞いでも、いくら思考を整理しようとしても、その轟音が心をかき乱し続ける。
「やっぱり、無理だ……」
ふと虚ろに漏れた呟きは、周囲のノイズにかき消されていった。
このままではいけない。雑音の苦痛に耐えるようにまぶたをぎゅっと閉じていても、テスト監督の先生には居眠りしていると誤解されてしまうだろう。それにこの苦痛は我慢でどうにかなるものではない。たまらず、答案用紙の横に置いてあった防音イヤーマフに手を伸ばすしかないのだ。
それは、見た目こそヘッドフォンに似ているが、音楽を聴くためのものではない。いや、今の私には音楽を楽しむ余裕などどこにもない。ただ、不快な音から逃れるためのものだ。
リングは墨汁のような黒、イヤーカップはコムラサキの実のような渋い紫色をしている。
それを頭にかけた途端、耳全体が優しく包まれたような感覚が広がった。それと同時に不快な音が少しずつ遠のいていく。そして、胸の中にほっとする感覚が湧き上がった。程よい圧力が心地よく、魔法にかかったような錯覚に陥る。
そのおかげで、答案用紙に向かう手が滑らかになった。
「よし、やろう」
深く息を吸い、シャーペンを握る手を動かし始める。それは、チャイムが鳴る15分前のことだった。