校舎もグラウンドも、今日は静まり返っていた。
 先生たちの都合で、すべての部活が休みになっているらしい。
 たまに生徒会の生徒や、図書室を訪れた生徒とすれ違うが、いつもの騒々しい校舎とは別世界のように静まり返っている。
 僕はハルの手を引いて、体育館に続く渡り廊下を進む。
 やがて体育館のほうから、ボールの弾む音が聞こえてきた。

「バスケ部?」

 つぶやいたハルに振り返り、「しー」っと言って、口元に人差し指を当てた。
 黙り込んだハルと一緒に、ドアの隙間から、そっと体育館の中をのぞき込む。
 中にはバスケをしている生徒がひとり。

「……聖亜」

 ハルがつぶやく。
 ボールを弾ませていたのは聖亜だ。
 立ち止まったまま、まっすぐゴールを見つめている。
 僕はぎゅっとハルの手を握った。
 ハルもその手を握り返し、息を呑むように、聖亜の姿を凝視している。

 聖亜のシューズがキュッと床をこする。
 ダンッとボールを弾ませかと思ったら、素早いドリブルでゴールの下まで突き進む。
 そして流れるような動きで、シュートした。

「あっ!」

 しかしボールはボードに当たって、床に落ちる。

「ああー……」

 僕はつい声を漏らしてしまったが、聖亜はまたボールを弾ませシュートした。

 ガコンッ、と音を立て、ボールはリングに当たり跳ね返る。
 だけどすぐに聖亜はそれを拾って、ドリブルをはじめた。

「頑張れ……」

 隣でハルが、小さくつぶやいた。

「頑張れ、聖亜……」

 握り合った手に、力がこもる。
 ハルの声が僕の耳を通過して、胸の奥を熱くする。
 そうだ、頑張れ、聖亜。聖亜ならできる。
 だって聖亜は僕とハルにとって、憧れのヒーローなんだから。

 聖亜が床を蹴り、高くジャンプした。
 その手からボールが離れ、ゴールに吸い込まれていく。

「入れぇ!!」

 僕とハルの声が重なる。
 綺麗にリングの間を通り抜けたボールが、ネットをくぐって床に落ちた。