「あの……」

 かすれるような、か細い声。
 さっきの男子生徒だろう。

「あの、ちょっと……」
「さ、触るな!」

 僕は大声で叫ぶ。こんな大きな声を出したのは久しぶりだ。

「と、止めたって無駄だぞ! 僕はここから飛び降りるって決めたんだ! ほっといてくれ!」

 フェンスに足をかけた。
 威勢のいい口調とは正反対に、その足はみっともなく震えている。
 すると次の瞬間、強い力で後ろに引っ張られ、僕はあっけなく屋上のコンクリートの上に転がり落ちた。

「な、なにするんだよ! ほっといてくれって……」
「ボクのこと……」

 仰向けになった僕を、膝をついた男子生徒が見下ろしている。

「見えるんですか?」
「は?」

 男子生徒は僕の手を取り、両手でぎゅっと握りしめた。
 その手はひんやりと冷たく、背筋がぞくっと寒くなる。

「ボクのこと、見えるんですか!?」
「え、み、見えますけど?」
「うっ、わああああーーーーっ!」

 この世の終わりのような叫び声を上げたあと、男子生徒は頭を抱えて、うずくまってしまった。

「な、なに? どうしたの?」

 僕はさすがに慌てて、かすかに震えているその背中に声をかける。

「だ、大丈夫?」
「や、やばいです……」

 背中を丸めたままつぶやくと、今度は勢いよく顔を上げた。

「どうしよう! やばい! 超うれしいんですけど!」

 再び手を握られ、ゆさゆさと動かされる。
 男子生徒の明るい髪が、空から降り注ぐ太陽の光に照らされて、キラキラ輝いている。

「や、やめて……痛い……」
「あっ、ごめんなさい! でもボクいま、マジでうれしくて! だってボクが見える人に会ったの、十か月間ではじめてですから!」
「え? なに? どういうこと?」
「いや、ボク、死んでるみたいなので」

 目の前の男子生徒が僕から手を離し、にこっと笑う。

「へ? 死んでる?」

 ぽかんとした僕の前で、男子生徒がちょっと自慢げに話す。

「まぁ簡単に言えば、幽霊ってことですね。それであなたは、幽霊が見える人ってことです」
「幽霊……って、なに言ってんの?」
「え、もしかして信じてないんですか? ボク、学校の敷地から出られない幽霊なんですけど」
「そんなの信じられるはず……」

 そのとき、ドアが勢いよく開いた。
 どかどかと、荒い足音が近づいてくる。