退院後、俺と伊月は養生(ようじょう)のため数日間学校を休んだ。その間の楽しみといえば互いの部屋から声を掛け日常会話をするくらいだった。ある晩俺はひとつのアイテムを準備した。

「五泊六日、長かったような短かったような」
「私は三泊だったので早かったです、旅行みたいでした」
「脚にそんなもん付けた旅行があるかよ」
「・・・・そうですね」

♪あんな事ーーーこんな事ーーー♪

「あっ!それ、小学校の卒業式で歌いましたね!懐かしいですね!」
「いや、そう意味じゃなく」
「どういう意味ですか?」

「入院中にあんな事やこんな事がしたかったなーーーって」
「なっ、なに言ってるんですか!」
「お泊まりコースだったのに残念すぎる」
「・・・・・」
「それに、おまえ退院の時くらい顔見せろよ」
「だって恥ずかしくて」
「キスしたから?」
「はい、今も恥ずかしくて陸斗さんの顔が見られません」

 伊月は顔を赤らめて下を向いた。

「おい、ちょっと待ってろ」
「はい?」

 俺は台所から拝借(はいしゃく)した紙コップを取り出した。二個の紙コップは木綿糸で繋がれていた。

「伊月、受け取れ!」
「はい?」
「ほれ!」

 俺は紙コップを伊月目掛けて放り投げた。

「あっ」

 それはベッドの上に転がった。

「これは・・・糸電話ですね」
「小せぇ時、じいちゃんに作ってもらったよな」
「はい」
「ちょい引っ張れ」

 糸電話が俺と伊月を繋いだ。

「耳に着けてみろよ」
「こうですか?」
「懐かしいだろ」
「懐かしいですね」

 互いの声が耳元で(ささや)いた。

「伊月」
「陸斗さんがすぐ隣にいるみたいです」
「伊月」
「はい」

 俺は一世一代の告白の前に大きく息を吸って深く吐いた。

「伊月、俺を好きになってくれてありがとう」
「はい」
「おまえがいたからこんな気持ちになれた」
「はい」
「おまえが好きだ、大好きだ、ずっと隣にいてくれ」

 伊月の(つば)を飲み込む音が聞こえた。

「陸斗さん、これ以上好きにさせないで下さい」
「ーーーーそれ反則!」

「反則ですか?」
「そっち行きたくなった」
「え」
「おまえの部屋行って良い?」

 俺の手は伊月の返事を待つ事なく窓枠を掴み、脚は伊月の部屋へと伸びていた。ただその距離は思いの(ほか)遠く、母親の言った「一生分の運を使い果たした」俺にとってそれは危険な行為だったと踏み出した足を後悔した。

「り、陸斗さん」

 前に進む事も出来ず部屋に戻る訳にもゆかずただ時間ばかりが過ぎた。

「陸斗さん、大丈夫ですか?」
「伊月、これが大丈夫に見えるか?」
「・・・見えません」
「・・・・だろ?」

 脚は震え手のひらには汗が滲んだ。

「伊月、俺、駄目かも」
「や、ちょっとそれはまずいんじゃないでしょうか!」
「おまえも二階から跳んだし、大丈夫じゃね?」
「あれは下に生垣があったから助かったんですよ!ここ、下はコンクリートですよ!?」
「一時の気の迷いで俺は死ぬのか」
「だっ、駄目駄目駄目!それは駄目!」

 その騒々しさで目を覚ました伊月のじいちゃんが玄関から顔を出した。

「り、陸斗!おまえなにしとるんじゃ!」
「じ、じいちゃん助けて」
「ちょっと待っとれ!」

 結局、俺はじいちゃんが持って来てくれたハシゴで下まで降り、鬼婆にしこたま叱られた。

「あなたたち、もうすぐ十八歳なのよ!落ち着きなさい!」
「申し訳ありません」
「ふあい」
「陸斗、返事!」
「はいはいはい」

 愛の告白は大騒ぎで台無しになった。