そして迎えた球技会当日。
僕の学校は球技会に相当な力を入れているらしく、朝からアイスなどの屋台が設置されていた。思いもよらないその学校の姿に僕は思わず感嘆した。

もう六月後半である。
梅雨の合間に開催されたこの日は、珍しく雨が降ることもなく決行された。けれど、頭上に広がる曇天は、不安を拭い取ってはくれない。
湿気と気温によって歩くだけで、汗が吹き出していく。
あれから、僕はより二人のことを注視するようになった。
初めは僕を揶揄っていた悠太も、マジなのか、と意味不明なことを言ったきり、今はもう普通に接している。
けれど、一筋縄ではいかなかった。しかし、僕にはこの本がある。数々の暴言や、いじめの証拠となるものが入っている。
教科書がところどころ破れているのも、赤司さんの仕業だった。
僕はそんな赤司さんの行動に怒りを募らせていた。
けれど、今日は球技会。
目を疑ってしまうほど気合が入っている悠太と僕は、純粋に学校行事を楽しむことにした。
守本さんは順番に、試合会場を回る予定らしく、僕らの試合にも来るらしい。

そして僕らは校舎に囲まれている運動場に、足を伸ばした。

「すげぇな。」
「気合い入ってんなー。」

悠太も変わり果てた運動場を見て、感嘆の声を漏らした。いつもの運動場の様相とは打って変わり、カラフルな紐で競技ごとに運動場が分けられている。
その中にはアイスの屋台もあり、財布を持った生徒で溢れかえっている。
僕らは、そこの真ん中のスペースへと移動する。
白線で囲まれた四角い空間の中で僕らはボールを投げ合うのだろう。
するとその近くのベンチに見慣れた顔を発見した。
僕を見ると、満面の笑みで手を振っている。
その姿は新鮮で、僕の視線が思わず守本さんに向いてしまう。珍しくポニーテールをしていて、可愛いデザインのクラスTシャツを着ている。
正直、見惚れてしまうほど。

ピーッ

時刻通りにそのホイッスルはなった。僕らがマッチしたのは、三年生のクラス。
その体格差から次々と仲間が外野へ移っていく。
そしてその場の全員の予想通り、僕らは初戦敗退となった。

「おしかったなぁ」
「いや三年は無理がある。」

チームメイトからそんな声が次々と上がる。
そんな中、悠太は歯軋りするほど悔しがっていて、失礼ながらも意外だと思ってしまう。中学時代のクラスの中心にいる奴なんか、学校行事を真面目にやる生徒のことを嫌っていたのだから。
僕は悠太を慰めながら、ベンチの近くに行く。
そこには守本さんが座っていて、

『惜しかったね。お疲れ様。』

そんな文字をクロッキー帳に記してくれていた。ずっと応援し続けてくれていた守本さんに申し訳なさを感じながら、ベンチに座る。

「初戦敗退、だけは、ないって、思ってたんだけど。」
『まあ、三年生だしね。』

そんな会話を繰り広げる。本来ならば、うるさく揶揄ってくる悠太が静かだと、少しだけ驚いてしまう。
その時だった。
守本さんが僕の肩を突く。

「な、に。」

そう言う前に、守本さんは僕たちにカップを差し出した。

「アイス?」

カップのせいで両手が塞がっている守本さんは、僕の唇を読むとニコッと笑った。その僕の言葉を聞いた瞬間、悠太が飛び起きる。

「え、いいんですか?」

先程まで悔しがっていたとは思えない、目の輝きぶりだった。
守本さんはいいよ、というように首をコクコクと頷いた。
守本さんはアイスが入ったカップをベンチに置くと、クロッキー帳に文字を走らせた。

『うん、練習も頑張ってたから。こんなことしか出来ないけれど、よければ貰って。』

そして目の前でグーサインを作る。
僕はただ感激して、鼻がツンとなる。

「…ありがとう。」
「あざっす!」

ベンチに置かれたアイスを手に取った。この暑さのせいか、少し溶けていた。けれどこの時口に含んだアイスは、これでもかというほど甘く、冷たかった。
なんて優しいのだろう。
守本さんの優しさが、胸に温かく染み渡っていった。


「守本さんってまじで天使。」

アイスを食べ終わり、クラスメイトの試合の観戦をしていた時、悠太が隣で呟いた。
あれから僕たちは二手に別れ、クラスメイトの応援をすることにした。
今は体育館の中でバレーの応援している。
キュッキュッと床が擦れる音が響き渡る。
どちらかのコートにボールが落ちる度、体育館は歓喜の声に包まれ、揺れ動く。予想以上に、どこもかしこも盛り上がっていた。
けれど今は悠太が他クラスの人といる。
僕は一人というわけだ。いつ他クラスの人と交流があったのだ、と思うけれど、それも陽キャの七不思議の一つだ。

バレーの試合を見入っていた時、相手コートのベンチに座る守本さんを発見した。
守本さんも一人である。先程のアイスのお礼も兼ねて、一緒に見ようと誘おうかと一人で悶々としていた時。
次に守本さんが座っていたベンチを見ると、その姿がなかった。
移動したのかもしれない。
そう安易に考えていた時、体育館の入り口付近で、誰かに引っ張られるように連れて行かれた守本さんの姿を捉えた。
腕を握られているようで、その態勢から、自ら体育館を出ていった訳ではないのだろう。
嫌な予感がする。
もし腕を握っていた人の正体が、赤司さんだったら。
そんな考えが頭に過った時には、僕も体育館を飛び出していた。

「おい、涼!どこに行くんだよ!」

背後から悠太の叫び声が聞こえる。誰かの呼び止める声を無視したのは初めてかもしれない。恐怖が心臓を冷やす。
けれど、立ち止まる余裕がないほど僕の意識は守本さんに向かっていた。