「はぁ、はぁ、はぁ。」
急激に激しい運動をしたからか、呼吸が乱れてしまう。
僕は守本さんの背中を追って、人の気配のない校舎来ていた。球技会のため、ほとんどの生徒は外へ出ている。
守本さんと最初に出会った日のように、廊下を歩く人なんていない。
どこに行ったのだろうと、僕は廊下を駆けていた時だった。
「どうして、あんたはいつもそうなの!」
耳を裂くような怒鳴り声。
その声は聞き覚えのある声だった。
赤司さん…
僕はその声が発せらている教室の前へと走った。
バンッ
僕は教室の扉を殴る勢いで、開けた。
目の前に広がった光景に、頭が真っ白になる。
嫌な予感がまんまと的中したようだ。
その音に赤司さんが僕を振り返り、その視線に誘導された守本さんと視線が合う。
「何してんだよっ」
「…何でっ」
僕はただ唖然とした。
赤司さんが腕を高く上げていて、守本さんの顔を叩こうとしていることは明らかだった。
僕は走って、教卓の前で高く振り上げている赤司さんの腕を掴む。
「…離してっ」
そんな声が聞こえてくる。
状況が理解できない。
けれど、守本さんを見た瞬間、僕の堪忍袋の緒が切れる音がした。赤司さんの目の前に立ち尽くす守本さんの様子が変なのだ。
頬に手を当てていて、いつも上がっている口角は辛そうに歪んでいる。
頬は赤く染まっていた。
「守本さん、大丈夫?」
心臓が冷えて、手が痺れて、正常ではいられないほど僕はたじろう。けれど、守本さんのことだ。大丈夫なんて聞いた僕も悪いが、その痛さを取り繕うように、頷いて見せる。
僕はその様子に安堵を感じながら、赤司さんの方を向いた。
「何したんだよ。」
人を睨んだことも、怒鳴ったことも初めてだ。
僕の険しい形相に赤司さんはたじろいを見せる。
「…だって!全部こいつが悪いの!私とこころの問題なんだから、ほっといてよ!」
けれど開き直ったようで、赤司さんも僕を睨み返す。
「だからってこんなことはおかしい。守本さんの何が気に入らないんだよ?」
「あんたに関係ない。」
赤司さんも一筋縄ではいかない。
「守本さんが自分よりも楽しそうだからか?嫉妬してるんだろ。だからっていじめるのは違う。お前がやってることは最悪なんだよ。」
僕のその言葉に赤司さんはぐうの音も出ないそうで、悔しそうに顔を顰めている。
決まって守本さんへの当たりが強くなる時は、守本さんが笑っている時だった。誰かに褒められたり、楽しそうに会話していたり。
それは嫉妬以外の何者でもない。
けれど、その瞬間も束の間。
「はぁ?な訳ないでしょ。っていうか、いじめてない。こころと私は親友だから。」
僕の遥か上をゆく言葉だった。
その言葉に、僕は怒りを通り越して落胆する。
暴力を振るっておいて、親友?
いじめてない?
ふざけるんじゃない。
この時の僕はどこかおかしかった。
守本さんを傷つけられた怒りで、赤司さんへの呆れで、気がつけば水色のハードカバーを取り出していた。僕はここで、この本の存在を知らすべきではなかったのに。
「この本は人の心が知れる本だ。」
「…は?意味分かんない。何言ってんの。」
この時に止めるべきだった。けれど、守本さんを救いたい。赤司さんと離れて欲しい。その一心で僕は集めていた証拠の数々を赤司さんへ突き出していた。
「この本に記されてある通り、お前は守本さんをいじめている。」
赤司さんは本を手に取って、顔を顰める。
けれど、次の瞬間には本を床に叩き落としていた。
「何?厨二病かなんか?」
勝ち誇ったような笑顔で、赤司さんが言う。
ここまでは想定済みだ。僕だって、信じられなかった。けれど実際に使うと、信じる以外選択肢がなくなるのだ。
僕は丁寧に床に落ちる本を手で掬い取った。
埃を払って、本を開き、赤司さんにかざした。
『赤司琳:何でここにいるのバレたの。私がいじめてるって思われたら、もう学校行けない。』
僕はその文字を読み上げる。
この本のことを信じたのかは、赤司さんの表情が証明していた。
「…なんっ、でっ」
声まで震えるほど動揺している。
「だから言っただろ。人の心が知れるんだって。」
僕がそういうと、赤司さんは僕の手から本を奪い取る。そして、僕がやった通りに僕に本をかざした。
僕は心の中で唱える。
守本さんをこれ以上傷つけるのは許さない。
「はっ」
僕の心の内が文字となって表示されたのだろうか。顔を青ざめて、手から本がずるっと滑り落ちた。
ここまですれば、これ以上守本さんを傷つけることなんてしないだろう。
いじめを知っている第三者がいれば、いじめっ子は公にいじめなくなる。
僕は赤司さんに背中を見せて、守本さんへと駆け寄る。
守本さんは僕たちの後ろに隠れていた。だからきっとこの状況を理解していない。現にぽかんと僕を見つめている。
「守本さん、保健室――」
そう言おうとした時だった。
「気持ち悪い。」
まるでこの世の恨みを全て込めたかのような、悪意に満ち溢れた声が、背中に降りかかる。振り返ると、赤司さんが僕を軽蔑するような眼差しで僕を睨んでいた。
その瞬間、対象は僕に変わった、そんな気がした。
「いじめてる方がおかしいよ。相手の優しさを利用して。」
そう言ったはいいものの、これ以上守本さんを巻き込みたくなかった。僕は守本さんを庇うように、目の前に立つ。
「この変な本使って、ずっと人の心読んでたわけ?人が隠したいことも、全部読んで、そうやって馬鹿にしてたんだ。そっちの方が最低だよ。」
赤司さんはもう守本さんは眼中にないとでも言うように、僕を睨み続けている。
言い返したかった。
けれど、その言葉は一理ある。本来ならば知り得ないことを知って、それを利用して人間関係を作っていたのだから。
けれど、それを赤司さんに弁解すらしたくない、と思う。
「あっ、そう。」
僕はこの言い合いには意味はないと判断した。優先順度が高いのは守本さんの安全だ。
教卓の上に乱雑に置かれた本を手に取る。
そして僕は守本さんを連れて、教室の外へ出た。
「許せない。」
そう憎しみを込めた声で叫ぶ、赤司さんを無視して。
その瞬間、足の力がフッと抜け地へ落ちそうになる。けれど、それは守本さんの手によって回避された。
「ありがとう。」
守本さんは僕のお礼を聞くと、微笑んだ。
けれど、その笑顔はいつもの太陽のように朗らかな笑顔ではなかった。
それはそうだ。
守本さんはこうなることを望んでいなかったかもしれない。僕が絡んだせいで、もしかしたら二人は生涯関わることがなくなったかもしれない。
僕は声をかけることも出来なくて、保健室への道のりを歩いた。
「…ごめん。僕が、介入しちゃって。」
けれど今日はこの無言の静寂に耐えきれなくなり、口を開いてしまう。
守本さんは体操服のポケットから、スマートフォンを取り出して文字を入力する。
「ううん。琳ちゃんとはいい関係を保ちたかったけど、無理だったみたいだから。でも、助けてくれて、嬉しかった。ありがとう。」
「それなら、よかった。」
守本さんの言葉に思わず目頭が熱くなって、鼻がつんとなった。それを悟られないように、僕たちは再び前を向いて、保健室への道のりを歩いた。
保健室の先生は僕たちを見るなり、ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、何も言わず守本さんの頬を手当してくれた。
幸い何もないようで、僕はほっと息をついた。
守本さんは、
『私は全然大丈夫だよー。痛みには強いの。』
と腕を叩いていた。そのやり取りだけで、精一杯張られた糸が弛緩するように、空気が柔らかくなったのを感じる。
さすが、守本さんだなぁ。
そして僕たちは、一足早く早退することなった。
運動場ではまだ活発に笑い声や、ホイッスルが鳴り響いているのに、校門を出るのは何だか新鮮だった。
いつも通り、人が少ない住宅街を歩く。
そして最後は、守本さんの太陽のように辺りを照らすような綺麗な笑顔によって別れた。
守本さんもいなくなった帰り道。
僕はまだ今日のことを受け止められていなかった。通学カバンから水色のハードカバーの本を取り出す。
そのページには、新たに
『酢谷涼:守本さんをこれ以上傷つけるのは許さない。』
という一行が追加されていた。
その文字が妙に恥ずかしくなって、パタンと本を閉じた。
けれど、一つの疑問がずっと頭の中をぐるぐると渦巻いている。
本当に守本さんを救うことになったのだろうか。
これが本当に正しかったのだろうか。
そんな疑問が。
でもその答えは、これからの学校生活で示されるだろう。
赤司さんの心で企んでいることは僕にお見通し。そのことを彼女も今日を持って、承知しているから。
けれど、そんな僕の考えが甘かった。
急激に激しい運動をしたからか、呼吸が乱れてしまう。
僕は守本さんの背中を追って、人の気配のない校舎来ていた。球技会のため、ほとんどの生徒は外へ出ている。
守本さんと最初に出会った日のように、廊下を歩く人なんていない。
どこに行ったのだろうと、僕は廊下を駆けていた時だった。
「どうして、あんたはいつもそうなの!」
耳を裂くような怒鳴り声。
その声は聞き覚えのある声だった。
赤司さん…
僕はその声が発せらている教室の前へと走った。
バンッ
僕は教室の扉を殴る勢いで、開けた。
目の前に広がった光景に、頭が真っ白になる。
嫌な予感がまんまと的中したようだ。
その音に赤司さんが僕を振り返り、その視線に誘導された守本さんと視線が合う。
「何してんだよっ」
「…何でっ」
僕はただ唖然とした。
赤司さんが腕を高く上げていて、守本さんの顔を叩こうとしていることは明らかだった。
僕は走って、教卓の前で高く振り上げている赤司さんの腕を掴む。
「…離してっ」
そんな声が聞こえてくる。
状況が理解できない。
けれど、守本さんを見た瞬間、僕の堪忍袋の緒が切れる音がした。赤司さんの目の前に立ち尽くす守本さんの様子が変なのだ。
頬に手を当てていて、いつも上がっている口角は辛そうに歪んでいる。
頬は赤く染まっていた。
「守本さん、大丈夫?」
心臓が冷えて、手が痺れて、正常ではいられないほど僕はたじろう。けれど、守本さんのことだ。大丈夫なんて聞いた僕も悪いが、その痛さを取り繕うように、頷いて見せる。
僕はその様子に安堵を感じながら、赤司さんの方を向いた。
「何したんだよ。」
人を睨んだことも、怒鳴ったことも初めてだ。
僕の険しい形相に赤司さんはたじろいを見せる。
「…だって!全部こいつが悪いの!私とこころの問題なんだから、ほっといてよ!」
けれど開き直ったようで、赤司さんも僕を睨み返す。
「だからってこんなことはおかしい。守本さんの何が気に入らないんだよ?」
「あんたに関係ない。」
赤司さんも一筋縄ではいかない。
「守本さんが自分よりも楽しそうだからか?嫉妬してるんだろ。だからっていじめるのは違う。お前がやってることは最悪なんだよ。」
僕のその言葉に赤司さんはぐうの音も出ないそうで、悔しそうに顔を顰めている。
決まって守本さんへの当たりが強くなる時は、守本さんが笑っている時だった。誰かに褒められたり、楽しそうに会話していたり。
それは嫉妬以外の何者でもない。
けれど、その瞬間も束の間。
「はぁ?な訳ないでしょ。っていうか、いじめてない。こころと私は親友だから。」
僕の遥か上をゆく言葉だった。
その言葉に、僕は怒りを通り越して落胆する。
暴力を振るっておいて、親友?
いじめてない?
ふざけるんじゃない。
この時の僕はどこかおかしかった。
守本さんを傷つけられた怒りで、赤司さんへの呆れで、気がつけば水色のハードカバーを取り出していた。僕はここで、この本の存在を知らすべきではなかったのに。
「この本は人の心が知れる本だ。」
「…は?意味分かんない。何言ってんの。」
この時に止めるべきだった。けれど、守本さんを救いたい。赤司さんと離れて欲しい。その一心で僕は集めていた証拠の数々を赤司さんへ突き出していた。
「この本に記されてある通り、お前は守本さんをいじめている。」
赤司さんは本を手に取って、顔を顰める。
けれど、次の瞬間には本を床に叩き落としていた。
「何?厨二病かなんか?」
勝ち誇ったような笑顔で、赤司さんが言う。
ここまでは想定済みだ。僕だって、信じられなかった。けれど実際に使うと、信じる以外選択肢がなくなるのだ。
僕は丁寧に床に落ちる本を手で掬い取った。
埃を払って、本を開き、赤司さんにかざした。
『赤司琳:何でここにいるのバレたの。私がいじめてるって思われたら、もう学校行けない。』
僕はその文字を読み上げる。
この本のことを信じたのかは、赤司さんの表情が証明していた。
「…なんっ、でっ」
声まで震えるほど動揺している。
「だから言っただろ。人の心が知れるんだって。」
僕がそういうと、赤司さんは僕の手から本を奪い取る。そして、僕がやった通りに僕に本をかざした。
僕は心の中で唱える。
守本さんをこれ以上傷つけるのは許さない。
「はっ」
僕の心の内が文字となって表示されたのだろうか。顔を青ざめて、手から本がずるっと滑り落ちた。
ここまですれば、これ以上守本さんを傷つけることなんてしないだろう。
いじめを知っている第三者がいれば、いじめっ子は公にいじめなくなる。
僕は赤司さんに背中を見せて、守本さんへと駆け寄る。
守本さんは僕たちの後ろに隠れていた。だからきっとこの状況を理解していない。現にぽかんと僕を見つめている。
「守本さん、保健室――」
そう言おうとした時だった。
「気持ち悪い。」
まるでこの世の恨みを全て込めたかのような、悪意に満ち溢れた声が、背中に降りかかる。振り返ると、赤司さんが僕を軽蔑するような眼差しで僕を睨んでいた。
その瞬間、対象は僕に変わった、そんな気がした。
「いじめてる方がおかしいよ。相手の優しさを利用して。」
そう言ったはいいものの、これ以上守本さんを巻き込みたくなかった。僕は守本さんを庇うように、目の前に立つ。
「この変な本使って、ずっと人の心読んでたわけ?人が隠したいことも、全部読んで、そうやって馬鹿にしてたんだ。そっちの方が最低だよ。」
赤司さんはもう守本さんは眼中にないとでも言うように、僕を睨み続けている。
言い返したかった。
けれど、その言葉は一理ある。本来ならば知り得ないことを知って、それを利用して人間関係を作っていたのだから。
けれど、それを赤司さんに弁解すらしたくない、と思う。
「あっ、そう。」
僕はこの言い合いには意味はないと判断した。優先順度が高いのは守本さんの安全だ。
教卓の上に乱雑に置かれた本を手に取る。
そして僕は守本さんを連れて、教室の外へ出た。
「許せない。」
そう憎しみを込めた声で叫ぶ、赤司さんを無視して。
その瞬間、足の力がフッと抜け地へ落ちそうになる。けれど、それは守本さんの手によって回避された。
「ありがとう。」
守本さんは僕のお礼を聞くと、微笑んだ。
けれど、その笑顔はいつもの太陽のように朗らかな笑顔ではなかった。
それはそうだ。
守本さんはこうなることを望んでいなかったかもしれない。僕が絡んだせいで、もしかしたら二人は生涯関わることがなくなったかもしれない。
僕は声をかけることも出来なくて、保健室への道のりを歩いた。
「…ごめん。僕が、介入しちゃって。」
けれど今日はこの無言の静寂に耐えきれなくなり、口を開いてしまう。
守本さんは体操服のポケットから、スマートフォンを取り出して文字を入力する。
「ううん。琳ちゃんとはいい関係を保ちたかったけど、無理だったみたいだから。でも、助けてくれて、嬉しかった。ありがとう。」
「それなら、よかった。」
守本さんの言葉に思わず目頭が熱くなって、鼻がつんとなった。それを悟られないように、僕たちは再び前を向いて、保健室への道のりを歩いた。
保健室の先生は僕たちを見るなり、ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、何も言わず守本さんの頬を手当してくれた。
幸い何もないようで、僕はほっと息をついた。
守本さんは、
『私は全然大丈夫だよー。痛みには強いの。』
と腕を叩いていた。そのやり取りだけで、精一杯張られた糸が弛緩するように、空気が柔らかくなったのを感じる。
さすが、守本さんだなぁ。
そして僕たちは、一足早く早退することなった。
運動場ではまだ活発に笑い声や、ホイッスルが鳴り響いているのに、校門を出るのは何だか新鮮だった。
いつも通り、人が少ない住宅街を歩く。
そして最後は、守本さんの太陽のように辺りを照らすような綺麗な笑顔によって別れた。
守本さんもいなくなった帰り道。
僕はまだ今日のことを受け止められていなかった。通学カバンから水色のハードカバーの本を取り出す。
そのページには、新たに
『酢谷涼:守本さんをこれ以上傷つけるのは許さない。』
という一行が追加されていた。
その文字が妙に恥ずかしくなって、パタンと本を閉じた。
けれど、一つの疑問がずっと頭の中をぐるぐると渦巻いている。
本当に守本さんを救うことになったのだろうか。
これが本当に正しかったのだろうか。
そんな疑問が。
でもその答えは、これからの学校生活で示されるだろう。
赤司さんの心で企んでいることは僕にお見通し。そのことを彼女も今日を持って、承知しているから。
けれど、そんな僕の考えが甘かった。