あの日から全てが変わった。
もう何も考えたくなくて、ただ心のゆくままに道を辿っていた。
その刹那。ふと横切った何かに、視線を奪われた。
顔を上げて、辺りを確認すると、春の始まりを告げる桜並木が視界いっぱいに映る。春の象徴のような、温かかく体を包み込むそよ風が吹く。
まるで風と共に流れるように、桜の花びらが散っていく。その花びらは、美しく宙を彩った後、近くに流れる川へと落ちていった。
綺麗だなぁ。
自由なその生き様に、僕は羨ましくて、ずっと花びらを見つめていた。
冬の凍てつく空気を柔らかく溶かすように吹く風に、瞼にかかる髪の毛が揺れた。そして聞こえる川のせせらぎ。
都心から遠く離れている場所か、人はほとんどいない。
その時、河川敷に広がる小石の山に何やら光るものを見つけた。
ただの好奇心だったのだろう。
白く、茶色く濁った石の中に、ただ光るそのものに興味が湧いて、僕は河川敷へと駆けて行った。
太陽の光が遮られ、僕の視界は少し暗くなる。
けれど、そんなものはお構いなしに、何かがずっと光っている。見つけてくれ、とでも言わんばかりに。
そして、石の下に埋もれるそれを掬い上げた。
僕がそれに触れると、それは役目を果たしたように普通の物体へと移り変わった。
それは、本だった。
水色のハードカバーのものだが、文庫本のようなサイズ感。
誰かが落としたのだろうか。
そう思い、僕はタイトルを見た。
思わず息を呑む。
あまりにも奇抜なタイトルではないか。
『人の心が知れる本』
そう書いてあったのだ。
当時、人と上手にコミュニケーションを取れなかった僕は、何かに取り憑かれるように本を開いた。
けれど、何故か一文字も書いていない。
作者も出版社も、本文も。
書いてあるのはタイトルだけだった。