「じゃあ、新しく好きな人を作るといいよ。俺がその相手に立候補したいな」
「なにを言って……男同士ですよ?」
「俺、瑠衣くんの顔好きなんだよねぇ。可愛いし、男だけど全然抵抗ないよ。瑠衣くんだって男が好きだったんだから問題ないでしょ?」
「いや、僕は男が好きなわけじゃなくて」

 僕が迅堂くんに惹かれた理由は、困っていた時に彼が助けてくれたから。男だから、ではない。

「でもさぁ」
「ひっ」

 掴まれたままの手を思い切り引っ張られ、僕は先輩の腕の中に収まった。咄嗟にもう片方の手を間に差し込み、身体の密着を避ける。

「男に対する抵抗は他の人より少ないよね?」
「は、離してください」

 細身なのに、先輩の力は僕よりはるかに強い。必死に身を捩っても腕の中からは抜け出せなかった。もがく僕を見て、先輩はにこにこ笑っている。その笑顔が怖くて堪らない。

「瑠衣くんってそういう経験ないよね。俺がぜんぶ教えてあげる」
「や、やだ、触らないで」

 僕が逃げられないよう片手で腕を掴みながら、もう片方の手が背筋をなぞり、服越しに下腹部をまさぐる。身をよじって離れようとしたけれど、先輩の力が強くて抜け出せない。

「目をつぶっていなよ。好きな人に触られてるって思えば興奮しない? それとも、普段からそういう想像して一人でしてた?」

 僕を辱める言葉を耳元で囁きながら、ついに先輩の手が服の中へと侵入してきた。直接触れた指先の感触に、ぞわりと肌が粟立つ。

 その時、僕のスマホがポケットの中で震えた。

「なに、電話?」

 身動きが取れない僕に代わり、先輩がズボンのポケットからスマホを取り出して画面を見ると、土佐辺くんの名前が表示されていた。教室に戻ってこない僕に気付いたんだろうか。先に戻った駿河くんからなにか聞いたのかもしれない。

 先輩はボタンを押してコールを切り、近くの机の上にスマホを放り投げた。

「瑠衣くん、ここに来ること誰かに言った?」
「いえ、誰にも」
「そう。じゃあ、もう少し時間あるかな」

 空き教室の壁に掛けられた時計を見れば、昼休みはまだ十五分ほど残っていた。逆に言えば、十五分後にはこの北校舎にも人が来る。午後の授業をサボらないのであれば、もうすぐ解放されるはずだ。

 そう考えていたのが伝わったのか、先輩は僕の顎に手を掛け、無理やり上を向かせた。間近で視線が交わる。

「ひとつ約束してくれたら離してあげる」
「約束……?」

 スマホがまた震え始めた。
 今度は先輩も無視を決め込んでいる。

「俺と付き合ってよ。妹さんの彼氏を好きなままでもいいからさ」

 解放の条件が先輩との交際?
 意味が分からない。そんな約束なんかしなくても、昼休みが終わるまで我慢すれば離してもらえるのに。

「俺は午後の授業サボるつもりだよ。北校舎の三階は今日どこのクラスも使わないって聞いてるし、瑠衣くんがOKしてくれるまでこうしていようかな」
「そ、そんな」

 予想外の言葉に青褪めると、先輩は嬉しそうに薄い唇で弧を描いた。

「……ああ、やっぱり()()()()()()()()好きだな。気弱で押しに弱いとこ、最高」