人のいない北校舎の空き教室に呼び出され、先輩と二人きりになった。

「妹さんから彼氏を奪う気ある?」
「そんなの、あるわけないじゃないですか」

 手首を掴まれたまま尋ねられ、即座に否定する。

 僕と亜衣は双子だから顔はそっくりだけど、性格も性別も違う。それだけじゃない。亜衣は彼に好かれるように努力して自分を変え、そこに迅堂くんは惹かれている。僕はなにも変わろうとしなかった。だから僕は選ばれなかった。スタート地点に立つことすら放棄したのだ。

「なーんだ、残念。もし奪うなら手助けしてあげようと思ってたのになぁ」

 笑顔のまま首を傾げる先輩。僕の返答は彼が望むものではなかったようで、更に問い掛けは続く。

「瑠衣くんは見てるだけでいいの? 好きな人が自分そっくりの妹さんと付き合ってて平気なの?」
「近くに居られるだけでいいんです。……もう諦めるつもりだったし」

 こんなことを他人に言うのは初めてで、身体だけでなく声も震えた。

 今まで人前で『迅堂くんが好き』だなんて口に出したことすらなかった。誰にも相談できなかった。先輩には既に秘密を知られているから隠す必要がない。先輩には嘘を吐かなくて済む。その一点だけが僕の心を少しだけ軽くした。