昼休み。駿河くんと購買に向かう途中、ポケットの中のスマホが震えた。亜衣が暇を持て余してメールしてきたのか、と画面を確認する。

「……っ」
「どうした、安麻田くん」

 急に廊下のど真ん中で立ち止まる僕を、駿河くんが不思議そうな顔で覗き込んでくる。

「顔色が悪いようだが」
「あ、あの、僕、急用ができたから行ってくる。先に教室に戻ってて」
「昼食は?」
「後で食べる」

 戸惑う駿河くんを置き去りにして、僕は今来た廊下を少し戻り、階段を駆け登った。

 特別教室メインの北校舎。その三階の端にある空き教室は普段は施錠されているはずだが、今日は何故か鍵が開いている。中に入ると、僕をここに呼び出した人物が机に腰掛けて待っていた。

「……せ、先輩」
「やあ、来たね瑠衣くん」

 肩で息をする僕を笑顔で迎えた先輩は、弄っていたスマホを制服のポケットにしまい直した。

「あの、なにか用ですか」
「用ってほどしゃないけど、今まで落ち着いて話をしたことないからさ」

 教室の入口から数歩入ったところで立ち止まり、先輩と一定の距離を置く。

「昨日せっかく写真送ってあげたのに、何も返信なくって寂しかったなぁ」
「あ、すみません。忘れてました」

 昨日は土佐辺くんの部屋でそのメールを受け取り、彼に写真を見られそうになったりして、すっかり返信を忘れていた。

「無理やり言うこと聞かせようとか考えてないよ。だから、もうちょい気を許してくれてもいいんじゃない? あの写真、嬉しかったでしょ?」
「それは、……」

 無断で写真を撮ったり脅しに近いことを言っておいて、気を許せと言える神経が理解できない。

「誰にも言ったことないんでしょ? 恋バナしたことないんじゃない? 俺ならどんな話でも聞いてあげられるよ」

 確かに誰にも言ったことがない。亜衣にも、友だちにも、もちろん迅堂くん本人には絶対に言えない。何年も自分一人の胸に秘めてきた。誰かに言えたら少しは楽になれるんだろうか。先輩からの申し出はすごく魅力的に聞こえた。

「ね、瑠衣くん。僕だけに話してよ」

 気持ちがグラつく。もう一押しで何もかも話してしまいそうになる。

「ぼ、僕は……」

 足が勝手に先輩のほうへと進む。怖いのに抗えない。全てを知ってなお手を差し伸べてくれる先輩の存在は僕が求めていた理解者なのかもしれない。

「手、震えてるね」
「……」

 時間を掛けて目の前まで行くと、先輩は僕の手を取った。震える指先に彼の唇が触れる。咄嗟に離れようとしたけれど、先輩の力が思いのほか強くて振り解けなかった。

「俺に話してみなよ。ぜぇんぶ受け止めてあげる」