「あのさぁ」
「なぁに?」
調理器具を片付けている亜衣に声を掛ける。母さんたちが帰ってくる前に、これだけは聞いておかなくては。
「ちょっと前にエッチがどうこう言ってたよね。アレ、もういいの?」
「最近迫ってこなくなったよ。むしろ料理に目覚めちゃって、ご覧の通りよ」
「なんでまた」
「アタシにちょっかい掛けてきてた先輩が構いに来なくなったからかなぁ?」
以前相談された時に『他の男に奪われる前に自分のものにしておきたいのでは』と予測を立て、亜衣には『先輩の誘いをキッパリ断るように』と話をした。
「諦めてくれた、ってこと?」
「どうだろ。学校でもあんまり見掛けなくなったし、他の子に目移りしたんじゃない~?」
亜衣は呑気にケラケラ笑いながら、カレー用のお皿を食器棚から取り出している。
恐らく『彼女に言い寄る先輩』という不安の原因が解消されたから、迅堂くんが焦る必要がなくなったってことだ。
「だから、無理して時間潰さなくていいよ瑠衣」
「……気付いてたのか」
「分かるよ。双子だもん」
「ごめん。変に気を使った」
僕が謝ると、亜衣は目を細めて笑った。
「瑠衣は昔っからそうなんだから」
可愛くて明るい僕の妹。僕の気持ちを知ってもこうして笑い掛けてくれるだろうか。応援すると言いながら、ずっと妹の彼氏を好きな気持ちを捨てられずにいる兄を見捨てずにいてくれるだろうか。
「てゆーか、どこ行ってたの? 図書館?」
「図書館も寄ったけど、土佐辺くんのうちに」
「へぇ~、急に仲良くなったよねぇ」
確かに、亜衣たちの高校の文化祭にも一緒に行ったし、うちにも来たことあるからな。
「文化祭の実行委員一緒にやってるし、今日もそれ関連で本借りて調べ物を……」
そこまで言って思い出した。
「亜衣、肩が出る服は嫌なんだけど」
「あっ気付いちゃったか~」
「もっとこう、露出少なめの服がいい」
「じゃあ萌え袖かな?」
「また新しいワード出た」
僕は普通の女装がしたいだけなのに。いや、女装がしたいわけじゃない。クラスの出し物だから仕方なく。
「お化け屋敷の後で撮った写真ってデータ残ってる? あったら送って欲しいんだけど」
「土佐辺くんと一緒に写ってるやつ? 先生に言えば貰えると思う。明日聞いて……あっ、明日うちの学校お休みだった! 創立記念日!」
「じゃあ明後日忘れずに聞いといてよ」
「明後日の朝、もう一回言って!」
「はいはい」