土佐辺くんに送ってもらい、自宅前で別れる。
家に入ろうとしたところで、玄関の脇に置いてある自転車に気付いて足が止まった。迅堂くんの自転車だ。今日も学校帰りに遊びに来ている。
時刻は夕方六時少し前。帰宅時間をわざと遅らせたのだ。親はまだ仕事から帰っていない。亜衣には友だちの家に寄ってから帰ると事前にメールしてある。もし二人が『そういうこと』をするなら今日は絶好の機会だ。
家の鍵を握る手が震える。いつまでも外で立ち尽くしているわけにはいかない。意を決して鍵を開け、ドアを開ける。すると、家の中には普段と違う匂いが漂っていた。
「まさか」
靴を脱ぎ、カバンを階段下に放り投げて奥へと向かう。刺激的な匂いはキッチンに近付くほどに強くなっていく。
「瑠衣、おかえり~」
「今日はチキンカレーだぞ」
「た、ただいま……?」
キッチンでは、腕まくりしてエプロンを身に付けた迅堂くんがカレーを作っているところだった。見慣れない小瓶が幾つも並んでいる。どうやら市販のルーではなくスパイスを使って調理しているらしい。亜衣は料理センスがないからか使い終えたフライパンなどを洗って片付ける係に徹していた。
え、なに?
もしかしてずっと料理してた?
気が抜けて大きな溜め息をつく。呆れたようなホッとしたような複雑な気持ちが僕の胸を占めた。
「随分と本格的なんだね……」
「インド出身のバイト仲間が教えてくれた」
どこでなんのバイトをしてるんだか知らないけど、きっと仲良くやってるんだろう。迅堂くんは明るくて誰からも好かれる人だから。
「んじゃ、カレーも出来たし帰るな」
「食べていかないの?」
「うちにメシあるもん」
作るだけ作って迅堂くんは帰っていった。残されたのは家中に漂うスパイシーな香りと鍋いっぱいの美味しそうなカレー。炊飯器のごはんはもうすぐ炊き上がる。