土佐辺くんに嘘をつき、先輩の元へと向かう。

「やあ瑠衣くん。昨日は来なかったね」
「……勉強会は終わったので」

 初めて会った時、毎日のように図書館に来ていたのはテスト前の勉強会に参加していたから。もう中間テストは終わった。そう答えれば、先輩は目を細めて笑った。

「今日来たのは偶然? それとも、彼が一緒なら俺が近寄ってこないと思った?」

 どちらも当たっていて、黙って目を伏せる。先輩の狙いはなんなのだろう。からかいたいのか脅したいのか分からない。どちらにせよ、僕にとって嬉しくないことだけは確か。

「あんまり警戒しないでよ。俺は瑠衣くんと仲良くしたいだけなんだからさ」

 黙り込む僕に一方的に話し掛ける先輩。

「スマホ持ってる? 連絡先教えてよ」
「え」
「不審に思われるよ。早く」
「あ、はい」

 そうだ。トイレに行くと嘘をついて離れたのだ。早くカウンターに行かないと、土佐辺くんが探しに来てしまう。

 僕のスマホと自分のスマホを操作して、先輩は慣れた手付きで連絡先を登録した。

「これ、俺だから」

 新たに登録されたメールアドレス。名前は『S・I』となっていた。先輩のイニシャルだろうか。差し出されたスマホの画面を確認していると、不意に体が引き寄せられた。先輩が僕の背に腕を回して抱きしめているのだと気付き、あわてて離れる。

「顔、真っ赤。少しは意識してくれた?」
「……ちがいます」

 僕の小さな反論なんかどうでもいいとばかりに、先輩はいつもと変わらぬ笑顔で「メールするからね」と告げて去っていった。

 結局、彼の目的は分からない。秘密の対価を要求されたらどうしよう。