「意味の分からない単語ばっかり聞いて頭いたい」
「勉強のし過ぎか? 安麻田」
「テスト勉強のほうがまだ理解できるよ」
当たり前のように一緒に教室を出て、並んで廊下を歩く。実行委員の仕事や居残りがない日も土佐辺くんと一緒に帰るのが習慣になった。駿河くんが加わることもあるけど、最近はほぼ毎日土佐辺くんと二人で帰っている。
「女の子の服の専門用語だよ。摩訶不思議な呪文にしか聞こえなくて」
「オレも初めて聞いた時は意味わかんなかった」
「今は分かるんでしょ? なんで?」
「少しだけな。姉貴の服選びに付き合わされてるうちに自然に覚えた」
服飾専門学科でもない男子高校生がそんな用語に詳しかったら引くが、お姉さんの影響ならば有り得る話だ。
「せっかく興味が出たなら調べてみるか。服の専門用語の本くらいあるだろ」
「えっ……」
そう言って、土佐辺くんは交差点の向こうに見える図書館を指差した。図書館に行けば先輩に会うかもしれない。先輩は僕が誰を好きなのか知っている。その件で何か言われたら、と思うと気が進まない。
「どうした、行かないのか?」
「う、ううん、行く」
この流れで行かないのは不自然か。先輩だって毎日図書館に来ているとは限らない。何故かは分からないけれど、今までも土佐辺くんを見ると先輩はそそくさと立ち去っていた。彼のそばに居れば、あちらから声を掛けてくることはないだろう。