薄暗い住宅街の路地を歩いていると、向かいからやってきた自転車が目の前で急停止した。迅堂くんだ。彼は自転車から降り、片手を軽く上げてこちらに笑い掛けてきた。

「瑠衣、遅かったな」
「迅堂くん、いま帰り?」
「そ、お前んち寄ってきた」

 短い会話の中で様子を伺う。いつもと変わらない態度だ。亜衣とは何もしなかったんだろうか。

 迅堂くんと別れて帰宅する。玄関で靴を脱いでいると、ものすごい勢いで亜衣がリビングから走ってきた。その表情は険しい。

「どうしたの亜衣」
「どうしたもこうしたもないわ! 瑠衣が帰ってくるのが遅いのが悪いんだから!」

 口を開いた途端に僕への文句が飛び出してくる。やはり何かあったのか?僕がわざと帰宅時間を遅らせたことで、もしや無理やり迅堂くんに襲われたとか。

「見てよコレ! 晃ったらゴハン炊くどころか、冷蔵庫にある材料で料理作ったのよ? アタシなんにも出来ないのに!」
「……は?」

 亜衣によると、母さんからメールでコメを炊いておくようにと頼まれたがうまく出来ず、見兼ねた迅堂くんが代わりにやってくれたのだとか。

 キッチンには彩りの良い温野菜のサラダと具沢山のおみそ汁が鎮座していた。母さんがメインのおかずを買ってくると知っているから、それ以外で作ってくれたのだろう。

「アタシが料理出来ないってバレた~!」
「ひ、人には向き不向きがあるから」

 コメの研ぎ方、昨日教えたばかりなんだけどなぁ。普段から何も手伝いをしていないのだから、嘆くばかりでは上達するわけがない。

 迅堂くんといい亜衣といい、いつもと全く変わりなかった。これは何も進展してなさそうだ。せっかく二人きりになれる時間を作ったっていうのに。

 お膳立てしたくせに、何もなかったことにホッとしている。僕は本当にどうしたいんだろう。