自習スペースに戻ると、僕のカバンが置いてある席に誰かが座っていた。先輩だ。頬杖をつき、つまらなそうに置いてあった教科書をめくっていたが、僕が戻ってきたと気付くとパッと笑顔になった。

 しかし。

「そこ、コイツの席なんだけど」
「知ってるよ。だから待ってたんだ」

 僕と共に戻った土佐辺くんが、何故か敵意剥き出しで先輩に凄んでいる。先輩は穏やかに応対しているが、目が笑ってない。睨み合っていて険悪な雰囲気だ。

「せっ先輩、いま来たんですか」
「そう。なのに瑠衣くんがいなくて寂しかったな。外で休憩してたの?」
「は、はい」

 僕が小さな声で話し掛けると、先輩は機嫌を直したようでニッコリと微笑んだ。代わりに土佐辺くんの機嫌が悪くなる。

「オレたち今からテスト勉強するんで、邪魔しないでもらえません?」
「邪魔なんかしないよ。俺も居ていい?」

 周りはガラガラで、反対側の隣も空いている。わざわざ僕に対して許可を求めたのは、土佐辺くんが『どっか行け』と言わんばかりの態度だからだ。

 自習スペースは誰でも自由に利用できる場所だ。僕たちに拒否する権利はない。でも、このまま先輩がとなりに陣取ったら土佐辺くんの機嫌が悪くなる。

 どうしたものかと迷っていたら、近くを通り掛かった眼鏡の男子学生がこちらを見て「あっ」と声を上げた。彼の視線は先輩に向けられている。

「い、井手浦(いでうら)。なんで」

 眼鏡の人は先輩を見て驚いているようだった。知り合いだろうか。それにしては妙な反応だ。

「……俺ちょっと用事思い出した。またね」
「えっ、はい。じゃあ、また」

 先輩は眼鏡の人に歩み寄り、親しげに肩を組んで何処かへ行ってしまった。 立ち去る先輩たちを見送っていたら、土佐辺くんに手首を掴まれた。そのまま引っ張られ、ひと気のない非常階段まで連れていかれる。

「アイツに近付くなって言ったろ」
「でも、少し話すくらい……」
「ダメだ!」

 急に大きな声を出され、ビクッと身体が揺れる。怯えた目で見上げると、土佐辺くんは眉間に皺を寄せ、小さく舌打ちをした。忠告を聞かなかった僕を怒ってるんだ。でも、確たる理由も無しに人を拒絶するなんで出来ない。

「なんで先輩を目のかたきにしてるの」
「それは……まだ分かんねーけど」
「なにそれ」

 やっぱり理由なんてなかった。相性悪そうだったから、顔を合わせたくないだけなのかも。そうだとしても、土佐辺くんには僕の交友関係に口出しする権利はない。

「うちの学校の先輩だよ? 心配することないと思うけど」
「……」

 納得してなさそうだけど、土佐辺くんはそれ以上先輩について何か言うことはなかった。