家に着いたのは、辺りがすっかり暗くなった午後六時半。玄関には亜衣のローファーしかない。台所からガチャガチャと音がする。洗面所で手を洗ってから「ただいま」と顔を出せば、流しでコメを研ぐ亜衣の姿があった。母さんから頼まれていたのだろう。
「お米ってどんだけ洗えばいいの!?」
僕の顔を見るなりコレだ。「おかえり」のひと言もない。
「水が濁らなくなればいいよ。ていうか、これ何合入れた?」
「わかんない! 適当」
「おっ、まじか……」
なるほど、そこからか。亜衣にやらせるといつも水加減がおかしいとは思っていたが、そもそも計量すらしていないとは。
計量カップを使って計り直し、コメの量に合った水を入れて炊飯器にセットし、早炊きモードにしてスイッチを入れる。
「これでよし」
「ありがとー、助かったぁ」
明らかにホッした表情で笑う亜衣。他は割と器用にこなすのに、何故か料理だけは苦手なんだよね。将来のためにも、普段から食事の支度を手伝って慣れておけばいいのに。迅堂くんと結婚したらどうする気だ。
「迅堂くん、今日は来なかったの?」
「晃は月曜バイトだよ」
「え、ああ、そっか」
そうだ、迅堂くんアルバイトしてるんだった。なんのために半日も図書館で時間を潰してきたんだ。最初から確認しておけば良かった。
「明日もバイト?」
「たぶん休みだと思う」
じゃあ明日も図書館にと思ったけど、先輩がいる。行けば必ずからかわれるし、また変なこと言われたら嫌だ。どうしよう。
「ところで、テスト結果どうだった?」
「まだ全部は返ってきてないけど、今のところ赤点ないよ。数学、瑠衣が教えてくれたとこ出たの! おかげで平均点以上取れた!」
「亜衣が頑張ったからだよ」
「うんっ、ありがと!」
屈託のない笑顔を浮かべ、亜衣が僕の背中に抱きついてきた。
こうして素直に感情を表に出す亜衣は可愛い。表面を取り繕って隠し事ばかりしている僕とは正反対だ。もし僕が亜衣のように素直な性格だったら、もっと自分を好きになれたんだろうか。
『ほんと可愛いよね瑠衣くん』
先輩の言葉を思い出し、溜め息をつく。
可愛いと言われて嬉しかったけど、それは僕がからかい甲斐のある後輩だからだ。表では良き兄を演じながら、裏では妹の恋人に横恋慕するような奴だと知れば先輩だってきっと幻滅する。
本当に可愛いのは亜衣みたいな女の子だ。