「ただいまー」

 日が落ち掛けた時間に帰宅する。玄関には女物のローファーと、かかとが潰れた大きなスニーカー。どうやら誰か来ているみたいだ。こんな時間に我が家に来る客は『彼』に決まっているけれど。

 洗面所で手を洗っていると、ドタバタと騒がしく階段を駆け降りる音が響いた。廊下に顔を出せば、背の高い金髪男が気まずそうに振り向く。

「あれっ、もう帰るの?」
「おう、またな」
「もっと遅く帰ってきたほうが良かった?」
「いいって! 妙な気ィ使うな瑠衣(るい)

 乱暴な口調で僕の名を呼び捨てにするのは、妹の彼氏の迅堂 晃(じんどう あきら)くん。土佐辺くんや駿河くんと小中と同じ学校だったが、現在は違う高校に通っている。

亜衣(あい)は?」
「二階」
「彼氏の見送りくらいすればいいのに」
「今日はいいんだよ。じゃあな!」

 そう言って迅堂くんは慌ただしく帰っていった。バタンと勢いよく閉められた玄関のドアに内鍵を掛けてから二階の自室に向かい、自室の隣にある部屋のドアを開ける。

「おかえり瑠衣」
「ただいま亜衣」

 妹の亜衣はベッドの上に腰を掛け、膝を抱えて俯いていた。亜衣は僕の双子の妹で違う高校に通っている。さっき帰っていった迅堂くんと同じ高校だ。

 いつもは五月蝿(うるさ)いくらい元気なのに今日はなんだか(へこ)んでるみたい。迅堂くんの様子もおかしかったし、ケンカしたのかもしれない。

「何かあった?」
「別に」
「ケンカしたのか」
「そうじゃないけど」

 絶対何かあったのに、亜衣はだんまりを決め込んでいる。そんなに僕は頼りない兄だろうか。そう思っているのが伝わったのか、亜衣は少し迷った後、顔を上げて渋々口を開いた。