通話を切ってから自分の部屋の扉を開けて入ろうとしたら、隣の部屋の扉が開いた。中から現れたのは迅堂くんだ。ズボンからシャツがはみ出しているのに「よぉ、おかえり瑠衣」と何事もなかったかのように声を掛けてくる。

「迅堂くん来てたんだ。気が付かなかったよ」
「あ、ああ。もう帰るとこ」
「もっとゆっくりしていけばいいのに」
「あー、でも、おばさん帰ってくるだろ」
「買い物するって言ってたから、まだ大丈夫じゃないかな」

 こちらをチラチラと窺うような視線を感じながらも、僕は「何も聞いてない」「気付いてない」ふりをした。大きなスニーカーが玄関にあるっていうのに、気付かないわけがないじゃないか。動揺し過ぎて逆に冷静になってる気がする。笑顔も作れているし、受け答えも澱みなく出来ている。

「じゃあな」
「うん、気を付けてね」

 ドタバタと階段を駆け降りていく迅堂くんを見送り、自分の部屋に入ってカバンを放り投げた。部屋着に着替えていると、扉をノックされた。亜衣だ。

「瑠衣、あのさ……」
「いま着替えてるから入ってくるなよ」
「う、うん」

 いつもなら僕が全裸だろうが気にせず入ってくるし、ノックなんてしたことなかったクセに。僕がどこまで気付いたか確認しに来たようだ。

「母さんからお米研いどいてって頼まれてるんだ。代わりにやってくれる?」
「や、やだ、無理」
「亜衣、水加減テキトーだもんな」

 はは、と笑いながら軽口を叩けば、扉の向こうにいる亜衣が安堵したのが伝わってきた。

 僕がまだ亜衣の顔が見られないように、亜衣もまた僕の顔が見られないのだろう。着替えて部屋を出る頃には、亜衣は自分の部屋に引っ込んでいた。

 台所で米を洗いながら深い溜め息をつく。

 以前セックスがどうのこうの言っていたから、そのうちこうなるだろうと予想はしていた。でも、まさか僕が帰ってくるくらいの時間に事に及ぶなんて。あと一本電車を遅らせていたらどうなっていたことか。

 さっき二階の薄暗い廊下で見た興奮冷めやらぬ状態の迅堂くんの姿を思い出す。顔は赤かったし、声は少し上擦っていた。発散し損ねた熱がこちらにも伝わってくるような。

「……ああ、もう!」

 あんな大人の男の人みたいな顔、初めて見た。