最寄り駅からはそれぞれ別の道だ。
二人と別れて、自分の家に向かって歩いていたら、後ろから土佐辺くんに呼び止められた。
「言い忘れた。図書館にいた男に近付くなよ」
「え、なんで?」
「あいつ、なんかヤな感じするから」
注意を促すにしては理由が明確じゃ無さ過ぎる。そもそも『なんかヤな感じ』って、先輩に対して失礼じゃないか?
「顔を合わせた時に少し話をする程度だよ。そもそも図書館でしか会ったことないし」
土佐辺くんが先輩に遭遇したのは昨日だけ。その時だって先輩はあっさり立ち去っている。距離感が近過ぎるのは図書館内では大きな声で話せないから。何故そこまで土佐辺くんが警戒するのかが分からない。
「もしかして、悪い人だったりする?」
僕が知らないだけで、実は先輩は素行が悪くて有名だったりするのかもしれない。
「いや。……単なる勘」
「えっ」
土佐辺くんらしくない曖昧な理由に、僕は目を丸くした。
「とにかく、次に会っても近付くなよ!」
しつこいくらいに念を押してから、土佐辺くんは帰っていった。後に残された僕は、走り去る彼の後ろ姿をぼんやり眺めながら首を傾げる。
「僕から近付いたことなんかないんだけど」
夕暮れの道。僕の呟きは夏の終わりのぬるい風が運んできた蝉の鳴き声に掻き消された。