「そろそろ見回り当番の時間だな」
「じゃあ行こうか」

 校庭の一番目立つ場所に文化祭実行委員会のテントが建てられている。会場の案内や迷子の保護、落とし物の管理など様々な役割を担っている。一、二年生の実行委員は交代で巡回をして、三年生は交代で詰め所で待機する決まりだ。

 見回り当番を交代するために実行委員の腕章を受け取りに詰め所に立ち寄る。その時、土佐辺くんがテント内に見知った人物がいることに気付いた。例の、井手浦先輩のことを知っていたメガネの先輩だ。彼は土佐辺くんの姿を見て座っていた椅子から腰を浮かせる。メガネの先輩から腕章を受け取る時、土佐辺くんは何やら耳打ちされていた。

「メガネの先輩、なんか言ってた?」
「オレの女装姿に惚れたらしいよ」
「あはは、確かに似合ってるもんね」

 軽口を叩きながら、校内を二人で並んで巡回する。校庭から校舎内まで隈なく周り、時にはこちらから声を掛け、困っている人の手助けをする。幸い僕たちが担当している区域には大きなトラブルは無かった。

「メイド喫茶にいきたいんですけどぉ」
「あっちに怪我人がいるから来てください」

 あとは実行委員の詰め所に戻るだけ、という時に二組から同時に声を掛けられた。どちらもすぐ対応しなくてはならないが、行き先は逆方向だ。

「安麻田、怪我人の対応を頼む」
「分かった。じゃあ後で」

 二手に分かれ、土佐辺くんはメイド喫茶までの道案内、僕は声を掛けてきた女性と一緒に怪我をしている人が待つ場所へと向かう。

 しかし、そこに居たのは見知った人物だった。

「ありがとー。もういいよ可愛い子ちゃん」

 立ち去る女性にひらひらと笑顔で手を振るのは、二度と顔を合わせることはないと思っていた人。

「せ、先輩……」

 井手浦(いでうら)先輩は、ひと気のない校舎の裏で僕を待ち構えていた。