「安麻田。もういい。ぜんぶ知ってる」
「……え」
「オレは知ってる。おまえが隠してたこと」
その言葉が信じられなくて耳を疑った。驚きと緊張で息がうまく吸えず、先輩に縋り付いてなかったら床にへたり込んでしまうところだった。
「だから、コイツの脅しに従う必要はない」
「……チッ」
僕の秘密は先輩を優位に立たせるためのカード。でも、既に知られているならば意味はない。先輩は不機嫌さを隠さず舌打ちをして、僕を突き飛ばした。
「なーんだ。せっかく言いなりになるオモチャを見つけたのに使う前に終わっちゃった。残念」
「もう喋るな、井手浦 駿」
図書館でメガネの人が呼んでいた名前だ。先輩は立ち止まり、土佐辺くんを睨み付ける。
「さっさと出て行け。二度と安麻田に近付くな」
「……分かったよ」
フルネームを把握され、さすがに分が悪いと感じたようだ。先輩はすんなり引き下がった。そのまま僕に一瞥もくれずに教室から出て行ってしまった。
突き飛ばされ、床に座り込んだ状態で、呆然と土佐辺くんを見上げる。彼は先輩が完全に居なくなったのを確認してからこちらを向いた。僕の前に膝をつき、手を差し伸べる。
「立てるか」
「う、うん」
手を借りて立ちあがろうとしたけど、腰が抜けて再び床に尻餅をつく。その時、昼休み終了の鐘が校内に鳴り響いた。
「ごめん。先に教室に戻って」
「安麻田は?」
「今の状態じゃ、戻れない」
まだ身体の震えが止まらず、涙も後から後から溢れてくる。泣き顔を見られたくなくて、膝を抱えて座り込んだ。
「仕方ねーな」
出て行くかと思ったら、土佐辺くんは教室の戸を閉め直してから僕の横に腰を下ろした。
「と、土佐辺くん、午後の授業は?」
「サボる。駿河にうまく言っとくようメールした」
先輩から呼び出されて急に走り去った僕の様子がおかしかったので、駿河くんはすぐに土佐辺くんに連絡を取った。前々から何かあったら教えるようにと駿河くんに頼んでおいてくれていたらしい。
「アイツが安麻田に何かしてきそうだって分かってたからな。メガネに確認するまでは流石に他校の生徒だとは思わなかったけど」
「僕も、全然気付かなかった」
思えば、おかしな点は幾つもあった。初めて会った時に女の子に間違われたのも一年生だと思われたのも、先輩が亜衣のことを先に知っていたからだ。双子だとは知らず、僕を年下の妹か弟だと思ったのだろう。
いつも一人で居たのは将英学園の生徒ではないから。知り合いに見つかる度に、メガネの先輩の時のように無理やり黙らせていたのか。
テスト期間中、先輩が図書館に現れたのは夕方四時以降。工科高校の授業を終えた後に来ていたから遅かったんだ。今日は創立記念日で休みだったので昼間から将英学園に現れたのだ。
「助けに来てくれてありがとう」
「礼なら駿河に言え。すごく心配してる」
土佐辺くんのスマホ画面には僕の安否をしつこいくらいに確認する駿河くんからのメッセージが表示されていた。
「体調不良って話にしといたから、もうちょい落ち着いたら保健室に行こうぜ」
「う、うん」
座り込んだまま袖で涙を拭っていたら、土佐辺くんがハンカチを差し出してくれる。優しさが嬉しくて、また泣けてきてしまった。