勢いよく教室の引き戸が開かれた。土佐辺くんだ。走り回ったからか、額に汗をかき、肩で息をしている。彼は先輩の腕の中にいる僕を見て、切長の目を更に吊り上げた。
「安麻田から手を離せ!」
「それが上級生に対する態度?」
睨み合う二人。とにかくこの場から逃れたくて、僕は救いを求めて土佐辺くんに手を伸ばした。でも、すぐに先輩に引き戻され、耳元で囁かれる。
「いいの? 瑠衣くん。このままアイツのところに戻ったら、あのこと全部言っちゃうよ?」
再び身体を強張らせ、手を下ろす。僕の反応に先輩は満足そうに笑いながら頭を優しく何度も撫でた。やっぱりダメだ。逆らえない。
「と、土佐辺くん。僕は大丈夫だから」
無理やり笑顔を作ってみせると、土佐辺くんは更に表情を険しくした。出入り口辺りで立ち止まったまま先輩を睨んでいる。だが、スッと身体から力を抜き、呆れたように肩を竦ませて溜め息をついた。
「……上級生、ねぇ」
独り言というには大き過ぎる声で土佐辺くんが呟いた。ピクッと先輩が反応し、僕の身体に回された腕に力が入る。
「安麻田、そいつはウチの先輩じゃねーぞ」
「えっ」
どういうこと?
先輩はうちの学校の三年生じゃないの?
「コイツは将英学園に在籍していない。オレが顔も名前も知らない生徒なんて居るわけない」
「え、うそ、だって」
振り返り、改めて先輩を見る。学校指定のカッターシャツにスラックス。これは将英学園の制服だ。学校近くの図書館で初めて会った時からこの格好だった。だから、三年生と言われて同じ学校の先輩だと信じた。
「最初はオレの記憶違いかと思ったが、そうじゃなかった。図書館でおまえを見て顔色を変えたメガネがいただろ? そいつに聞いたんだよ」
そこまで聞いて、僕はようやく思い出した。図書館の自習スペースで先輩を見て驚き、何処かに連れて行かれたメガネの人。そして、テスト明けの実行委員会の直後に土佐辺くんが追い掛けていったのは恐らく同じ人なのだろう。メガネの人は先輩を知っていたんだ。
「おまえは隣の市にある工科高校の三年だろ。元は将英学園志望だったらしいが、どういうワケか直前で進路を変えたんだってな」
「……」
「少し前まで安麻田の妹に声掛けてたくせに今度は安麻田かよ。顔が同じならなんでもいいのか?」
先輩は完全に笑みを消した。憎々しげな眼差しを土佐辺くんに向けている。
工科高校は亜衣と迅堂くんが通っている高校だ。以前、亜衣にちょっかいを出していた三年生って先輩のことだったのか。