「ご、ごめんねお姉ちゃん……!!」

「ううん、いいの。それより怪我はない?」


小柄で色白の、黒髪が美しい17歳の少女がここにいる。
名前は日和。その名の通り、平和好きな心優しい女の子だった。


ごめんねと謝った妹は、李莉だ。くるくるの茶髪に、クリクリの目。誰が見ても可愛いと口を揃えるほどのいわゆる美少女である。


「う、うん……!!本当ごめんね、これ小さい頃から使ってるやつだよね———お母さんの形見の」

「……うん、でも、いいよ」


感情がないように淡々と話す日和には不気味さもあった。

李莉とは、半分しか血が繋がっていないのだ。母親は日和が2歳の時に行方不明になり、他界したと考えられる。

形見はたくさんあったものの——もう、今身につけているヘアピンしかない。花の形をした、とても綺麗なヘアピンだ。

なぜ、たくさんあった形見がなくなったのか。

それは、目の前の李莉のせいである。徐々に壊したり、こっそり捨てたり。

父親は出張で忙しく、家には義母と妹しかいないこの状況。日和の居心地がいいわけがなかった。


義母は家事を滅多にしなく、基本的に全て日和がやっていた。

暴力を振られたことはないけれど、日に日に積もる嫌がらせに限界を感じている。


だが、それだけではなかった。



決して頭がいいとは言えない学校。友達はいたものの、クラスが別れてしまったせいでろくに話せやしない。



「……お!来てんじゃんひよりー」

「お、おはよう……清水くん」


清水悠里。イケメンで、スポーツもできるいわゆるモテ男子だ。そして、日和の小学生の頃からの幼なじみでもある。


「……なぁ、名前で呼んでって言ったよな」


近づいて来られる。そう言われて、ピクッと肩が震えた。


「日和、お前って本当釣れないよなぁーまぁそんなところも、面白いけど」

「あ、あのね、清水くん……」

「ん?」

「李莉が清水くんと仲良くなりたいって言ってて……それで、あって上げてくれないかな?」


恐る恐るそう聞いた。断ったら、李莉に何をされてしまうかわからないからだ。

それと同時に、清水に物申す覚悟も必要だったけれど。


「……嫌だ。俺は日和と仲良くなりたいんだ」


ぎゅっと日和の手を握った清水。冷や汗をかき始めると運悪く、李莉が教室を通っていた。


「おねえ……ちゃん?」

「ち、ちがうの李莉……!!」
(やだっ……怖い……)


清水にも李莉にも逆らえなくて、恐怖で手が震え出す。

涙が出そうになるのを堪えた。李莉が欲しがっているものを自分が取ったりしたら、義母にも李莉にも、何をされるかわからない。


「清水くん離して……!!」

「……何言ってんだよ、俺たち付き合ってるだろ」

「はっ……!?」


その言葉を聞いた瞬間、李莉の顔色が一変する。


「……何それ」

「李莉ちがうのっ……!!お願い、信じて私、恋したことないの知ってるでしょ……!!」

「……うん、知ってるよ。でも許さない」


こちらに近づいてくる。

ガッと髪の毛を掴まれて、ヘアピンが落ちる。

そして———踏みつけられたヘアピンは、無残に真っ二つに割てしまったのだ。


「っ……!!」


記憶にない母親だったけれど、父からはとてもいい人だと聞かされていた。

まだあるから大丈夫、そんなことを思い形見を壊されても何も言わなかった。

けれど、こればかりは悲しかったのだ。ポロポロと涙が溢れ出す。


「お母さん……」


あなたが生きていたら、味方になってくれたのかな……と切ない思いを胸に、学校を出て行った。


「……おい、しっかりしろよ」
「……チッ」
「日和が俺のもんになんねぇなら、鬼神家へ嫁ぐ方法は教えないぞ」
「わかってるわよ。でもアイツ、どんどん人形みたいになっていくだけでこれっぽっちもアンタに頼ろうとしてないわよ?やっぱり性格が悪いからじゃない?」
「んだと……?」

イライラしている2人、悠里と李莉はとある“契約”を結んでいた。



「私の大事なもの、全部なくなっちゃった……」


涙が無かった。どこにも居場所はなく、途方にくれる。

夜になったら死のう……それまで、ぶらぶら歩いてお小遣いでも使い切ろうと考えていた。


(……あれ、私って何が好きだったっけ?)

(っていうか、好きなものなんてあった?)

(お母さんの形見は、どれも大好きだったけど……結局、人も物も、自分から愛せない人生だったのかな……)


李莉も最初は大切な妹だった。それでも、どんどん嫌になってきてしまうのだ。